2015年06月22日

なんか変、という思いを大事にしながら歩んでいかなければ

 昨日は、久しぶりにハードな日曜日でした。
 まず、午後は、「SEIJI を市民に取り戻そう」 と名付けられた「みずほと一緒に国会へ行こう in 埼玉」結成イベントに参加。呼びかけ人に旧知の人たちの名前がズラリ−。
 福島みずほさんは、故土井たか子さんが呼びかけた「市民との絆」、そして女性議員を増やそうと開かれた「女性の政治スクール」以来のもう15年以上のおつきあいがあり、私が市議会議員となったきっかけとなった存在でもあります。
 それ以上に、政治的な課題で開かれる集会や行動のほとんどでその姿を見かけ、お話を聞く、今の政治状況の中ではなくてはならない国会議員であることは確かです。
 昨日のお話を聞いて、ますますそう思いましたが、さて、みずほさんが昨日話されていたように、「ちょっと変」から「何か変」、そして「すごーく変」と思いその「変」を変えて行くうねりをつくるためには、個々の国会議員の力量だけでなく、もっと変だと思う人を束ねていく政治勢力がなければならないのでは−、この政治情勢の中でいろんな人から聞く声です。
 それをどうしていくか。
 講演会が終わったあと、久しぶりに顔を合わせた昔からの仲間たちとそんなことを語り合いました。さて、衆議院の解散がなければ、最も近い国政選挙、参議院議員選挙まで1年となりました。
 その後、ホームレス支援を中心にしながら種々の貧困問題に取り組んでい「ほっとプラス」主宰の講演会「生活困窮者支援の過去と未来」に参加しました。
 記念講演は、「年越し派遣村」で知られるようになった「NPO法人自立生活サポートセンターもやい」の稲葉剛さんです。
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 稲葉さんの1枚目の写真は新宿駅西口地下の「ダンボール村」の光景です。稲葉さんがこの活動に携わるきっかけとなったのはこのダンボール村で、そこで、路上で人が死ぬ、という現実に直面して夜回りなどの活動をはじめたのがスタートだったというお話から、あの頃新宿駅でみたダンボール村の光景がくっきりと浮かんできました。
 
 初期のころは、ドヤ街の人たちが仕事を失い、ドヤにも住めなくなって生まれたテント村、そこでは仕事にありついた人がその稼ぎで食糧を買って分け合ったという、支え合った生きているという現実があったそうです。
 それが都庁の建設によって排除されるー。
 そうして排除された人々は、場所を変えてダンボールやブルーシートで住まいをつくり、ホームレスと言われる人々がいろんな場所で目につくようになりました。
 稲葉さんたちは、そんな状況の中から発言し続け、働きかけ続け、ホームレス支援法の制定に一役かったりしてきました。しかし、実情はどうでしょう。

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 続いて稲葉さんと対談したほっとプラスの藤田孝典さんが、社会福祉に関心をもったきっかけが、話しをしたホームレスの方が、実はそれまではサラリーマンをして、家庭をもっていたことを知り、衝撃を受けたことだったと聞いたように思います。
 ダンボール村のときは比較的特殊な人たちの問題だった貧困、それがそれとは縁がないと思っていた人たちがある日突然、リストラなどで職を失い、さらに支えを失ってホームレスになり、現代は若い世代がホームレスになるというように、貧困・生きづらさは広がってきているのです。
 藤田さんが最近取り上げることが多い、高齢者の貧困問題。近著の「下流老人」では「年収400万でも将来生活保護レベルの暮らしに?」というショッキングな指摘をしています。今や人ごとではない貧困。そういう時代をどう支え合って生きていくのか、藤田さんが言っていたように、「生活困窮者自立支援法」の元でさまざまな制度が整えられていったとしても、その制度の中で専門職が支援しようとする落とし穴によって、支えられない困窮者を生み出さないために、今まで、民間やボランティアの人たちの力で築き上げられてきた支援の中身からじっくり学んでいかなければ、と思いました。
 それと同時に、こんなに「貧困層」を生み出す社会、そのものについても向き合っていかなければならないと思います。
posted by ふくろう at 20:11| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月16日

戦争できる国にするかどうかは、私たち1人ひとりの覚悟と選択の問題

 一昨日は、「戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動」の国会包囲行動に参加しました。(どうしてもFace bookに投稿してブログが後回しに。お許しを)

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 先日の辺野古基地建設反対を上回る人、人、人の波。すでに、地下鉄の駅でなかなか地上に出られない状態でした。写真は国会正門前ですが、反対側も同じように人の波です。

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 昨日は2万5000人もの人たちが国会を包囲したようですが、「集団的自衛権は合憲、という憲法学者はたくさんいる」と言っておきながら、結局3人しか名前を挙げられないことを突っ込まれて「数の問題ではない」とキレてしまった菅官房長官は、「数の問題ではない」というのか、「2万5000人なんて全国民からみたら少数派」というのか、一度聞いてみたいものです。
 私は、久しぶりに「緑の党」の旗の下で行動しました。スタッフ手作りのボードが素敵で、掲げさせてもらいました。

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 メッセージは、
「私たちは望む
 誰とも戦わないことを
 戦争しない約束を
 永久に」
 伊勢崎賢治さんたちが言っているように、憲法9条を持つ日本だからこそとれていたスタンスは、とても大事なもので、やっぱりそれがあってこその70年間の平和なのだと、改めて思います。そして今、それをかなぐり捨てなければならない理由は、どこを見てもないように思います。
 さらに、戦争できる国にするかどうかは、国会議員が声高に「国会で決めること」といくら叫んでも、私たち国民1人ひとりが決断することなのです。
 2万5000人の数をどうとらえようと、それだけは変わらないことをしっかり胸の底において、行動していこうと思います。私は非力だけれど、無力ではない!
 国会包囲行動に引き続き行なわれた渋谷の若者デモも、宮下公園に入りきれない程の人が集まったようです。報道によると6000人とのこと。安堵感を覚えるニュースです。
posted by ふくろう at 10:58| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月08日

子どもの問題は大人の問題ーフリースクール25周年パーティー

 昨日は、フリースクールりんごの木や、自立援助ホーム「ゆらい」を運営するNPO法人越谷らるごの総会がありました。
 その後、フリースクールりんごの木の25周年記念パーティーが行われました。

 もう25年。私とらるごの関係は、我が家の子どもたちがお世話になった「遊学舎」という塾の一室が、不登校の子たちのたまり場になったときからのことですから、早30年近い年月が流れたことになります。
 そのころ仕事をしていた教育関係の雑誌で「不登校」の問題を取り上げることがあったことも、関心をもつようになった一因です。
 余談ですが、そのころご指導いただいた保坂展人さんは今や世田谷区長になり、そして当時はまだ現職の教師をされていた尾木直樹先生は今や「尾木ママ」として大活躍されています。

 この時の流れの中で、本人や家庭の問題と批判の対象となりがちであった「不登校」(登校拒否という呼び方もされていました)も、大分世間の見る目が変わってきました。現在の国会に、「子どもたちの多様な学び方」についての法案が提案される予定で、これでフリースクールや家庭で学ぶことが認められ、財源も当てられる公算が大きくなってきたことは、朗報です。

 多様な学び方を心底認められるのか、子どもたちの「自分はこんなところで、こんな学びをしたい」という選択をきちんと受け止めることができるのか、そこにかかってくるように思います。

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 パーティーの第1部は、スクール生の先輩たちのパネルディスカッションでした。
 話してくれたのは、現在30歳になった消防士の若者、19歳で絵を描き続けている若者と同じく19歳のデザインの勉強をしている若者の3人でした。写真もOKとのことで、その素敵な表情も見ていただきたかったのですが、拡散が怖いので登壇前のスナップです。

 若者たちが言っていたこと。
「りんごの木で過ごしたときは、24時間365日、自由があった。多分、一生の中でこんな時代はなかなか送れないだろう」
「大学に行こうと思ったとき、果たして大学の勉強についていけるのか、という不安はあったけれど、入ってみたら、ふつうに小・中・高校で学んできた友だちと何の変わりもなくやっている」
「こうしなければいけない、という思い込みよりも、なんとかなるさ≠ニ思ってチャレンジする方が楽しい」
 etc.
 別の話になりますが、「自分のことは自分で決める」ことを大事にしている自由な校風の学校で、「自分のことを自分で決める」むずかしさに挫折しそうになる生徒の姿をみたものです。自由ってそれだけ大変なことなのに、それを大変と思わずに自分の生き方を切り拓いていこうとしているまぶしいほどの若者たち。それを可能にしたのは、迷いながらも我が子を受け止めてきた家族や、その子のありのままを受け止めてきたスクールの友だちやスタッフの皆さんの存在があったのだと思います。

 大ヒットとなった「レディーゴー」、ありのままで。フリースクール生だけでなく、障害のある子たち、認知機能の衰えたご高齢の方などなど、ありのままのその人の存在を受け容れることは大変な面もあるかも知れませんが、それこそが人間関係の第一歩であると思える人たちとつくる地域は素敵だと改めて思った1日でした。
posted by ふくろう at 09:18| 埼玉 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月07日

学校図書館司書が市民権を得たといっても

 昨日は、「学校図書館を考える全国集会」に参加しました。

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 会場となった日本図書館協会の研修室には、学校図書館の充実のための運動を長年続けてきた「学校図書館を考える全国連絡会」に加盟する全国の団体の会員をはじめ、100人近い方々の参加がありました。

 まず、東京学芸大学の山口源治郎先生の「現代教育改革の中の学校図書館」というテーマの記念講演がありました。
 山口先生は、最近の教育改革の問題点を挙げながら、子どもたちの読書や学校図書館に関する政策について、
2001年に「子ども読書活動推進法」が制定されてから、国は、三度にわたって「子ども読書活動推進計画」を策定してきたこと、さらに、学校図書館整備計画も1997年に策定されたことについて解説してくださいました。
 これは国際的な学力テストにおける日本の成績不振により、グローバルな人材育成のための学力向上を目指す一環として、読書活動の推進が掲げられたとのこと。しかし、目的はともかく、読書活動を推進し、学校図書館の充実をはかることで、子どもたち自身の中に、考え、探究する力を培うことが非常に重要であると指摘されました。
 2014年に学校図書館法が改正され、地方交付税の中に、学校司書を配置する経費が算入されることになりました。
 この経費は2校に1名の配置であり、あくまでも非正規職員を想定したもの、という不十分さはありますが、学校図書館に司書は必要であるということがナショナルミニマムとして公認された意味は非常に大きいとの山口先生の見解です。
 これをバネにして、学校図書館の変革を行うのは、自治体の役割であり、地方自治体の政策は国の政策よりも変えやすいはず、と続けました。

 各地からの報告の中で、新潟市が寺内の全校に168人の司書を配置するとともに、公立図書館との連携を深め、学校図書館に関する教育委員会の8課の連絡会議を設置し、学校図書館支援センターを4カ所設置しているという、中央図書館長さんのお話もありました。
 自治体が子どもが育っていくための学校図書館の役割を重要に思うかどうかで、施策が大きく変わることを改めて考えさせられました。

 山陽学園大学の永井悦重先生は、「学校司書の専門性とは何か」と題する問題提起の中で、「本を手渡す」「本との出会いをつくる」という、従来の認識から、「子どもたちの知る権利を保障する学校図書館の役割を果たす」というように学校図書館に対する認識が拡がっていることから、司書の役割を考えていかなければいけないという意味のことをおっしゃっていました。
 そして自らの教師としての体験、学校司書としての体験から、学校全体がこの「知る権利を保障する学校図書館」という認識を共有し、授業づくりにおいても貫かれていること、教師と司書との連携ができることが必要であるとおっしゃっていました。教師であれ司書であれ、「これが真実だということを教えこむ教育ではなく、どうすれば真実を求めることができるのかを学ばせること、という歴史学者東山茂樹氏の指摘をひきながら、そのことが「教えられる子ども」を「学ぶ子ども」へと育てていくことにつながっていくのではないかと提言。
 学校図書館の充実は、司書の配置についてどう取り組むかにかかっていることを再認識した研究会でした。
posted by ふくろう at 20:18| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月02日

子宮頸がんワクチン被害者連絡会の記事を訂正いたしました

 昨日の標記の記事のうち、私が記憶だけで綴ってしまった、被害者の方のコメントに誤解があったとのことで、削除いたしました。
 大変申し訳ありませんでした。
 ご本人と関係者の方に大変ご迷惑をおかけしてしまったことを、心からお詫び申し上げます。
posted by ふくろう at 09:46| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月01日

理解は広がってきたけれどー子宮頸がんワクチン被害

 昨日は、「子宮頸がんワクチン被害者連絡会埼玉支部」の第2回総会がありました。
 
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 昨年の立ち上げ総会を上回る方の参加がありました。
 うれしかったのは、埼玉県や、独自の被害者支援を決めたふじみ野市をはじめ、県内の自治体の担当者の方の参加があったことです。議員の方も、国会議員の代理の方や4人の県議、そして市町議員、しかも超党派の議員の参加が30名近くにのぼりました。

 副作用被害にあったのは、中学生・高校生といった、本来であれば青春の輝かしい時期を過ごしているはずのお嬢さんたちであり、同時に、自分の未来の可能性に心躍らせているお嬢さんたちです。
 まだまだワクチンと副作用の因果関係の究明も十分ではなく、そのため治療法も確立しておらず、激しい痛みや意識障害といった病状と戦いながら、自費での診療や、効果があるとされる治療法を求めて、遠方の医療機関への受診や入院といった負担を強いられている被害者の皆さんやご家族。
 2011年に接種が始まってからすでに4年が経過しています。さまざまな立場にある人たちが力を合わせて、救済、支援がさらに進むことを願わずにはいられません。

 今日の朝刊の広告に、ある雑誌の「子宮頸がんワクチン薬害「捏造」で若き女性が殺されている」というキャッチとともに、「世界中の専門家が『有効』『安全』と認める中、日本の女性は接種を受けずに死んでいく。予防医療三流国の愚かすぎる現実」というコピーがあるのに愕然としました。
 実際に接種禍で苦しんでいる少女たちの現状を知っても、そんなことが言えるのでしょうか。ワクチンというのは、他に予防の方法がなく、予防効果の有効性が確認できて初めて使うべきもの、という概念からすると、子宮頸がん予防ワクチンというのは、予防効果についての保証もなく、また、ワクチンを接種しても子宮頸がんの予防のためには、20歳を超えたら検診を受けることが必要とされているのは、明らかになっているはずです。
 しかも、子宮頸がんワクチンの罹患者数、死亡者数を見ても、製薬会社がワクチンの予防効果があるとした20代ではいずれもごくごく少数であることは、国の統計からも明らかです。
 疑問符だらけのワクチンの無料接種に財源をさくのか、20%台という他国に比べて一段と低い検診の受診率を上げることに財源を用いるのか、どちらが大切かは明白ではないかと思うのですが。

 
 
posted by ふくろう at 19:11| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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