2015年08月31日

一人ひとりのつながりと広がりで成功した「疎開した40万冊の図書」上映会

 29日の土曜日は、戦時下、日比谷図書館の貴重な蔵書を空襲の火の手から守ろうと、疎開させた人たちがいた、という事実を追ったドキュメンタリー、「疎開した40万冊の図書」の上映会が行われました。

 「春日部の平和を語る会」のメンバーの一人が、この上映会を是非開きたいと提案したところ、市民活動センターで活動している団体のメンバーを中心に賛同し、実行委員会をつくって、この3か月準備を進めてきたものです。

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 当初はこの地味な映画、欲張らずにそこそこの会場で、身の丈にあった上映会にしようという意見もあったのですが、実行委員会のメンバーが10名近くいるのに、小さな会場ではチケットを売るのも本気度が薄れる、ということで、なんと、定員350人の中央公民館の講堂で行うこととなりました。

 ガラガラだったらどうしよう、そんな不安もありましたが、当日、なんと250名近くの方の参加がありました。

 広報に力を貸して下さった多くの皆さん、報道してくださったマスコミの皆さん、そして暑い中、一枚一枚チケットを売ってくれた多くの仲間、裏方の仕事を支えてくださったスタッフの皆さん、たくさんの人たちの力で、これだけ多くの人に映画を見ていただけたことを本当にうれしく思います。

 久しぶりに、力を合わせてイベントを開催する、という機会をもつことができました。一人ひとりの力はちいさいけれど、けっして非力ではない、ということを確認させていただきました。
 感謝、感謝です。
posted by ふくろう at 19:04| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

戦争しない国をつくりたい若者たちの思いをしっかり受け止めたい

 作日の「戦争法案反対国会大包囲」、12万人もの人々が集まったとのことで、国会正面前の道路は1時間もたたないうちに車道に人々がなだれこみ、開放状態になりました。

 私は、12時45分からの自由の森学園の「song for peace有志合唱国会前」から参加。
 在校生主体の行動だけれど、OBや保護者、そして自由の森の合唱を愛する人たちがたくさん詰めかけ、娘に動画の撮影を頼まれていたのに、それもままならない状態。
 でも素直な若者たちのスピーチと合唱に心打たれました。

 あとで録画が公開されるとのことで、興味のある方は是非ご覧ください。
 なぜ、「歌」なのか。について実行委員の1人が「沖縄の辺野古の座り込みで、人生をかけて必死に基地建設反対の抗議をしているのに、それをせせら笑うように対峙する防衛局の人たちに衝撃を受け、しかし、抗議行動をしている人たちが島唄を歌い、踊っているときの生き生きした笑顔に、歌の力を感じたから。怒りをぶつけるだけでなく、歌声で思いを届けることもできるのでは」というような意味のスピーチをしていました。
 さらに、「本当は自分はだれも憎みたくない。むしろ愛するようになりたい」と、自由の森創立30周年のときに生まれた合唱「世界がいつか愛で満たされますように」を歌ってくれました。
 「民衆の唄」も「ケセラ」も良かったけれど、とてもレアな歌だけれど、やっぱり何度聴いても涙の出る「ヒロシマの有る国」でを唱ってくれたのはうれしく思いました。以下でその曲を歌う動画を見ることができます。
 https://www.youtube.com/watch?v=QCUDlaVQX3g&feature=youtu.be

 「ヒロシマの有る国で しなければならないことは ともる戦の火種を消すことだろう」とこの曲の結びにあるように、そして今日参加した多くの若者たちや若いお母さんたちのスピーチにあったように、「戦争のできる国ではなく、戦争をしないことで、世界中の人たちと平和に暮らせる国になること」を求める多くの国民の思いを,政治家はしっかり受け止めてほしいものです。
 「それは理想論」といなすのではなく。理想はいいことなのだから、それを実現する努力にエネルギーを注ぐのが常道だろうと、若者たちは突きつけているのです。
posted by ふくろう at 18:47| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月28日

自分のつくったもので被害を受けた人がいたら−、「原発メーカー訴訟」

春日部を離れ、前橋で10日間の孫守り兼夏休みを終えた本日は、「原発メーカー訴訟」の第1回の口頭弁論を傍聴しました。

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 裁判のあとの報告会にも、傍聴席に負けず劣らずの方の参加がありました。

 私たちの日常生活の感覚では、欠陥商品によって事故が起こった際は,製造したメーカーは、製造物責任法(PL法)や民法上の不法行為責任によって事故による被害の賠償責任を負うことになります。
 しかし、こと原発事故に関しては、原発メーカーは、原子力損害賠償法(以下「原賠法」)に規定された責任集中制度により、責任は原子力事業者(電力会社)のみが負い、その他はすべて免責とするとされています。
 しかし、原子炉の欠陥や製造上の不具合など、メーカーの過失によって事故が発生したとしても、メーカーが一切の責任を免れるとというのは納得のいかない話しです。これでは安全性よりも営利性を重視して原子炉が造られるということにもなりかねません。
 メーカーが責任を免れることのできる、責任集中制度の見直しが必要であること主張してこの訴訟に取り組むことになったのです。
 原子力損害賠償法を変えていくためには,上位法である憲法違反であるとの論点から追求する必要があります。そこで、原告団は責任集中制度が、原子力の恐怖から免れて生きる権利、すなわち「ノー・ニュークス権」を侵害しているという主張を柱に据えています。詳しくは、是非、原告団の公式サイトをご覧ください。
http://nonukesrights.holy.jp/
 傍聴して,今回被告となっている原発メーカー、東芝、日立、三菱、GE WECの代理人の方々の、メーカーが訴えられるのは納得がいかない、という趣旨の主張に、福島を中心とする多くの方々の暮らしを奪い、事故によって命を絶たれた人たちがいて、今なお健康被害に不安を抱きつつ暮らしている現実を直視しようとしない姿勢に鳥肌の立つ思いでした。
 このような制度のままで再稼働? これでいいのでしょうか。
 今後もできる限り、傍聴し続けていこうと思っています。
 昨日の山の手線の事故に続き、本日は私の利用する東武線スカイツリーラインの事故。車輌点検に伴う事故でなんで長時間もダイヤが乱れるのでしょう? 
 やっとのことで、裁判には滑り込みセーフでしたが、帰路はまた、システムの不具合によるダイヤの乱れ。このところ、なぜか鉄道のトラブルが続いていますね。東部線がストップすると、陸の孤島になりかねない地域に住む者としては、「しっかりしてよ〜」と言いたくなります。
posted by ふくろう at 18:47| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月15日

50年前に似た空気が漂う戦後70年の今

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 8月15日の終戦記念日、わが家の昼食は「すいとん」です。あの大戦で尊い命を奪われた方々の冥福を祈っていただきます。

 そのころまだ1歳だった末っ子の夫を含む、3人の幼い子どもを連れて、旧満州から引き揚げてきた夫の母は、「戦争中のすいとんは、こんな贅沢なものではなかった」とよく言っていました。その義母は、夫が今でいう離乳食の時期に当たっていたのに、食べるものに不自由してピーマンの蔓が手に入ればいいほうだった、と言い、そのせいで常に下痢気味だった夫のおむつを洗うのに困った、という話しを断片的にしてくれただけでした。
 今にして思うと、もっと話しを聞くべきだったと思います。

 そうしてひどい栄養不良のせいか、結核菌が体内に棲みついてしまった夫は、その後、結核性の関節炎で何度も股関節の手術をし、高校のときには結核も患いました。
 あの大戦で尊い命を奪われた方々とその身内の方々のことを思うと、この程度で済んだことは感謝しなければならないのでしょうが、戦後70年といっても、まだまだ戦争の影響は案外身近なところに残っているのです。

 そして、国会で「集団的自衛権」を容認する「安保法案」なるものが議論されている今、私は50年前、私が高校を卒業して大学に入る頃の空気に似ている、と感じています。
 大学に入ってからの数年は、バリケードの中だったといっても過言ではありません。

 最初に、「自衛隊適格者名簿」なるものの存在が明らかになり、「徴兵制」につながるのでは、と平和団体や学生が声をあげました。この問題はうやむやなまま、現在でもこの名簿の存在はときどき問題となります。ごく最近では、自衛隊の入隊案内が18歳の若者に送られてきた自治体があったようです。ずっと社会の底流にひそんでいるのでしょうか。

 また、昔の紀元節の日である2月11日を「建国記念日」とする祝日法の改正でも反対の声が上がりました。

 そして、私たちの大学で一番大きな問題となったのは、「目的化大学構想」というものでした。産学協同が提唱され、それに対して学問の独立性を主張する人々の反対の声が高まったのです。
 私の入学した学芸学部は、教員を養成するための教育学部に改編するとされ、教員になるために必要な教科だけを履修すればよいとされたのです。
 「教師となるためには幅広い人間教育が必要」とする学生側は全国的に連帯して反対運動を展開し、東の拠点が私の母校、そして西の拠点は大阪学芸大学となったのです。

 最近、「文化系大学不要論」が取り沙汰されていて、50年前の状況と重なって見えます。

 全国的には、学生運動=全学連運動と見られ、ベトナム戦争反対や国際反戦ディ、そして成田空港建設をめぐる成田闘争などが大きなうねりとなって広がったようですが、その陰にはこのような学生運動もありました。

 今、「安保法案」に反対する若者たちの姿に、50年前の自分が思い出されます。あのとき、ほんの少し、権力が揺らいだように見えました。「でも何も変わらなかったではないか」と言われるかも知れません。
 でもそうして自分が動いたことはその後の自分の生き方の底に潜んでいて、納得のできないものにはNOと声をあげなければ、と思うのです。

 今日の朝刊で瀬戸内寂聴さんが語っていらしたように、「立ちあがったという事実はとても強い」ということを信じたいと思います。50年前、これからの社会は良くなっていくんだろうと信じていたのに、今振り返ってみると、本当に良くなっているのか、と疑問を感じるとしたら、あの若いころに求めていたものを今一度見つめ直して、より良い社会のためにまだまだ動いていかなけれな、と思った終戦記念日です。

posted by ふくろう at 19:25| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月03日

歴史的な司法判断をかちとるための第1歩、これから本当の戦いー福島原発告訴

 本日は、地裁前で行われた福島原発告訴団の、起訴議決という英断をした検察審査会に感謝を伝える緊急行動に参加しました。

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 何といっても、強制起訴にこぎつけて安堵している、告訴団の中心を担っている皆さんに「ごくろうさま」、「よかったね」と挨拶をしたかったのです。

 東京第5検察審査会が起訴相当とした議決書については、Face bookで紹介しましたが、告訴団のサイトにも紹介されています。http://kokuso-fukusimagenpatu.blogspot.jp/
 なんといっても2008年の段階で第1原発には最大で15.7mの津波が押しよせる危険性があることを指摘されていたにも関わらず、コストの問題から安全対策をとらなかったことが、今回の苛酷事故の原因となっていること、つまり安全対策よりも経済性を優先させた責任は大きいと断じていることが、被害者だけでなく、多くの市民感情とつながっていて、「司法は民衆のためにある」という姿勢を示してくれていることをうれしく思います。

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 マイクを握っているのが、最近「映画監督の河合弘之です」と自己紹介する河合弁護士ですが、河合さんのお話はいつでもユーモアに満ちていて、一緒に運動している人たちすべてに勇気を与えてくれています。
 今日も、「福島の事故が何一つ解決していない中で再稼働を進めようとしている流れ、そのために事故のことを忘れさせようとしている空気に対して、この裁判が“忘れてはならない”ことを明るみに出してくれる意義は大きい」というような意味のことを話されました。そうですね。

 続いて海渡雄一弁護士が、「小沢一郎代議士の強制起訴は、実は検察側も起訴にしたいという思いがあっての検察審査会の決定であったけれど、今回は検察が起訴はしたくないと考えている中でも強制起訴で、大きな意味がある」と語りました。そしてその意味ある起訴に対して十分に渡り合っていくために、これまで以上の努力をしていくことを共に確認できたように思います。

 「強制起訴、ありがとう」「市民の正義をありがとう」……。検察審査会に向かって暑さを跳ねのけるほどの力強いシュプレヒコールで締めくくられた行動でした。

posted by ふくろう at 19:30| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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