2015年10月21日

一気にタイムスリップ

 秋田の兄から電話があり、しばらく無人になっていた実家をそろそろ取り壊すことになったとのこと。そこで、父の蔵書の処分について、学術的なものは教え子の皆さんが整理して下さるとのことですが、それ以外でほしいものがあったら送る、とのこと。
 と言われても、どんな本があったのか記憶はほとんどありません。思い出したのが、平凡社の「月刊太陽」のバックナンバーが揃っていたはず、ということ。「だいぶ傷んでるかも知れない」とのことでしたが、読めるものだけでももう一度読んでみたいと頼みました。

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 揃っていたのは1966年の創刊号から、1981年の227まで、休刊になるまで400号以上出ていたはずですが、最後の年号を見ると、父が退職し、気力もなくなって購読をやめたように思われます。
 テーブルに並べて、ちょっと後悔。これだけの雑誌をどこに並べればいいの!

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 昨年の第一次断舎利で書類を片付け、孫たちのおもちゃ置き場になったいたところを片付けると、なんとか収まりました。
 興味・関心のある方、いつでもいらしてください。「カフェ太陽」でお待ちします。

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 もう一つ。愛蔵版の漱石全集もあったら、と言ったところ一緒に送ってくれました。漱石全集が出るたびに買い求めていた父が、最後に購入したもののはずで、1965年発行とありました。さすがに昔の本作りはていねいで(もっとも愛蔵版と銘打っているのですから当然ですが)、表紙もセロファンで包み、箱もセロファンで包んでいるため、50年の年月を感じさせないほどきれいです。
 昨年たたんだ会社の書類を整理し、唯一のガラス戸付きの本箱に収めました。ついでに、両親と働く母の代わりに面倒をみてくれた祖母の遺影も本の前に置いて、なんだか実家で過ごした日々が甦ってきました。



posted by ふくろう at 10:32| 埼玉 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月19日

出会いと交流も、わらじの会大バザー 階間見える? 大バザー

 昨日は、わらじの会、年間3大イベントの一つ、大バザーでした。年1回の開催で、今年度が38回目、ということは、私たち初期からのメンバーも、確実に38歳年齢を重ねているわけです。
 でも大丈夫、二世メンバーももう中年世代、そして若い職員さんもボランティアさんも昔に比べて格段に増えています。
 私などはほんの少ししかお手伝いできていませんが、皆さんのがんばりに敬意を表して報告を。

 バザー前日。

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 2か月ほど前から、皆さんの善意で寄せられた献品を集め、仕分けして値付けし、ダンボールに納めて各活動の場に保管する、という作業をしてきたのですが、前日はその運び出し。バケツリレー方式で、総動員した会のワゴン車や軽トラックに積み込み、会場の武里団地の近隣公園に運ぶ、という作業が延々と続きます。
 会場では売り場の設営も進められています。あいにくの曇り空。雨が降りませんようにと、祈るような思いで、雨が降っても大丈夫なように、品物の入ったダンボールを台の上に並べられたコンパネの上に積んでいく作業も進んでいきます。

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 くらしセンターの食堂では、準備作業をしている人たちの昼食、100食のおにぎりも次々とできていきます。

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 何が何でも当日は晴らす! わらじの会のジンクス通り、晴れ上がった朝8時から、各売り場の本格的な売り場つくりが始まります。
 泊まり込みで荷物の番人をしてくださった若手メンバーさん、お疲れさま! 今年は夜通し、どんな交流が生まれたでしょうか。

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 バザー開始からすでに3時間近く、まだまだ客足は途切れません。
 私の持ち場は「高級衣料」。少しでも多くの方にお買い上げいただきたいと、今年は例年よりも低めの値段設定をしました。いつもだったら3000円、5000円という値もついた、高級なウールのコートやダウンコートも、2000円止まりです。高級品は虫に食われやすく、保管がむずかしいため、折角献品いただいた志を無駄にしてしまうのは申し訳ないー、という思いもあります。

 それでも、いつもの年よりもお客さんが少ないような気がしました。団地の高齢化も影響しているのでしょうか。若向きの品があまり売れませんでした。

 結果的には昨年以上の売上があったようですが、残った衣類などは大池通りのリサイクルショップで販売されます。是非是非、バザーにお越しいただけなかった方はご利用のほど、お願い申し上げます。


posted by ふくろう at 17:04| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月16日

第1保育所の解体工事がはじまりました

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 4人の子どもたちが育った保育所です。
 武里団地ができてすぐに開設された保育所なので、もう築50年近くになるのでしょうか。この保育所は3歳以上児だけの保育所だったので、その後3歳未満児を受け入れる第2保育所ができ、4人の子どもたちを預けに第2、第1合わせて16年通いました。末っ子がすでに30歳−。

 この16年間で、さまざまな人とのつながりが生まれました。子どもたちもこの保育所、そしてその後の学童保育所の中で、たくさんの友だちや、自分の親以外の自分を見守ってくれるたくさんの大人たちの中で育ったように思います。

 老朽化に伴う建てかえで、旧第2保育所の敷地に第1・第2保育所を統合して新たな保育所が誕生し、第1保育所はその役目を終え、解体となったのです。

 私の議員としての終盤にこの建て替え問題が起こり、不要となった第1保育所の建物は是非、武里地区の親子の集う、子育て支援の場として有効活用を、と求めてきましたが、ここの敷地は団地のオーナーであるUR(土都市再生機構)から、保育所用地として無償で貸与されているため、目的外の使用はできない、と言われました。
 でも−、高齢化が進む武里団地。耐震診断の結果、住み替えが進められて空き住居が増え、その後新規の入居募集が再開しました。老朽化が進む団地ですが、子育て支援が充実していれば、リノベーションを待つだけでなく、若い世代の入居も増えるのではないかと思います。
 それだけでなく、子どもたちをとりまくさまざまな問題に、地域ぐるみで取り組むことが求められている今だからこそ、子育て世代が集い、お互いに情報交換しながら、自分たちに必要な子育て支援を進めていくコアとなる可能性も秘めていると思うのです。
 行政がなんでもかんでも担うのではなく、地域のさまざまな人たちが関わってそのようなネットワークをつくっていくためには場が必要なのに−。
 進む解体工事をみるたびに、なんだか無念な気持ちになります。
posted by ふくろう at 11:53| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月11日

がんばれ青虫君 がんばれ!青虫君!

 10月6日、郵便受けの裏に、揚羽の幼虫を発見しました。こんなに秋が深まる季節に?しかも、体長2センチほどの丸々太ってはいるけれど、小さな小さな青虫君です。

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 翌日の7日には体を丸めはじめました。

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 さらに翌8日、強い風にも負けず、壁にしっかりくっついています。お尻から糸を出し始めているのでしょうか。体は蛹になる準備か、ますます小さくなっています。

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 そして本日の朝、体が小さく、小さくなり、頭をグンとそらしています。色も徐々に茶色になってきました。

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 夕方帰宅して様子を見ると、もう蛹ですね。糸を見ていただきたかったので、拡大しましたが、本当に小さくなっています。
 
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 それにしても、寒さに向かうこの季節、羽化には2〜3週間かかるようですが、蝶になったあとが少し心配です。

 
posted by ふくろう at 18:08| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月04日

1奧総活躍という前に、活躍したくても身動きでず立ちすくんでいる人たちの支援を

 最近、face bookへの投稿ばかりで、ブログの書き込みが滞っていて、ときどき「最近更新してないの?」とのお声掛けをいただきます。ごめんなさい。なぜか、ブログとface bookの情報共有はうまくいかなくなってしまっています。

 で、本日は、FBのちょっと前の書き込みを。

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 9月の最終日の落日は、すっかり秋のものに変わった雲を茜色に染めています。
 このところ、「自立援助ホーム」の若者たち・巣立っていった若者たちや、「生活困窮者」と言われる人たちの支援の問題点、といったとてもとても重い問題と向き合うことが続きました。
 国の舵取りをしている人は「1億総活躍時代」というアドバルーンを、高々と掲げました。
 活躍したくても身動きできない人たちがこれだけいる現状の中で、どうやってすべての国民が活躍する時代をつくろうとしているのでしょうか。具体的な道筋を示してください。
 政治の役割は弱い立場の人たちを救い、支えること、と教えられてきました。
 しかし、いつしか、税収が上がらなければ福祉は充実できない、と言われるようになりました。そうやって進めてきた経済政策が格差を広げ、「自己責任論」が横行する中で、もがいてももがいてもはばたけない人たちが増えています。
 株価を上げることに血道を上げても、決して多くの国民の暮らしがよくなるわけではないことを、今こそきちんと見直してほしいと思うのです。
 隣人が辛い思いをしたり、苦しい状況を抱えたりしている中で、自分だけが幸せだと思えない、そんな社会を求めることはできないのでしょうか。
 
posted by ふくろう at 17:39| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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