しかし、昨日は久しぶりにさわやかになりました。 以前、このブログでも取り上げた、Yさん。
お母さんを亡くされ、お父さんと二人で、昔から関わりの深い「わらじの会」に近い武里団地に引っ越されて1年ほど、今年の8月末にお父さんがあっという間に他界され、重度の障害を持ちながら,一人暮らしをすることになりました。
それから三ヶ月半、通所施設に通う平日は3交替で、土日、祝日は4交替で、ケアシステム「わら細工」を中心に、有償ボランティアでYさんの暮らしを支える日々も、なんとなく落ち着いてきました。
その間、Yさんはみるみる変わってきました。
「世帯主としての貫禄が出てきた」、「意思表示がはっきりしてきた」
私も、どうしても介助者がいないときにローテーションに入っていますが、「へえ、Yさんってこんなことできたんが」と新しい発見があります。
昨日は,三歳のお嬢さんと一緒に泊まり介助に入っていた若いママKさんとのやりとり。
「はい、牛乳、自分で入れてください」ーKさん。
(そうなんだよね、できることは自分でだよね)―私。
「はい、しまってーKさん。」
(そうか、そこまでできるんだ)―私。
その後です。面倒くさそうにいい加減に入れたYさん。すかさず、チェックされ、「ちゃんとしまってください」と言われたとたん、バタンと扉を閉めようとして、Kさんの手が扉にはさまれそうになり、「痛いです」と抗議を受けていました。
こんなやりとりっていいな、とつくづく思います。
ご両親は決して過保護にしていたわけではないでしょうが、生まれたときからYさんと一緒なのですから、そこは以心伝心、Yさんが言葉にしなくても、思いは伝わったでのしょう。
そして古くからYさんとつきあってきたみんなにも、なんとなく既成概念で見てしまっているところがあります。
それが,新しい介助者との出逢いによって,新たなYさん神話が生まれてくるのです。
こんな地域の支え合いが、もっともっと広がるといいな、と思っています。




