2010年11月21日

自分で考える子を育ててきたのか

 連日出かけているので、またまたまとめてブログに向かっています。

 19日は、松戸の選挙応援から、夜、NPO越谷らるごの学習会に出かけました。
 お話下さったのは、評論家の芹沢俊介さん。らるごの理事長増田さんが、お話を聞き出す形で「教育と福祉」についての芹沢さんの思いを語っていただきました。

 というのは、この学習会は、「らるご」が開設準備を進めている、「生活支援型施設開設検討委員会」の第3回目の学習会だったからで、改めて、この検討委員会のスーパーアドバイザーを引き受けて下さっている芹沢さんのお話をきちんとお聞きしたいという目的で開かれたからです。
 といっても、参加は自由。委員以外の参加もあり、20人ほどの方がお話を聞きました。

 子ども、家庭、教育に関する問題を社会問題とからめて著書にまとめている芹沢さんのお話は、いつ聞いても、「そうだよな」と思わせるものです。

 今回も、
「教育というと、教える側と教わる側が固定してしまっている学校教育に限定されがちだが、ここには権力関係が厳然としてあり、しかもこの関係は制度医よって保障されている。果たして、学校で教育が行われているのだろうか」
 という問題提起から始まりました。

 芹沢さんは、
『教育というのは突き詰めていくと自己教育でしかない」
とー。

 学校価値、という分類の仕方を提唱されて、
1 離脱層
2 従順層
3 浮遊層
 の3パターンに分けられるのでは、とも。

 離脱層は、フリースクールにきている子たちのように、学校教育に見切りをつけた層です。
 従順層というのは、学校教育に問題なく適応していく子たちです。以前は過適応といっていたように思うのですが、今回お話をきいて、「従順」の方が的確かと思いました。

 親殺しや社会的に大きな問題を起こした青少年の中に、この従順層と言いたい若者たちがかなりいることは、芹沢さんの著書にまとめられています。
 でも私は、それだけではないように思います。
 大きな事件を引き起こすこともなく、「自分で考え、自分で決める」経験をしなかった大人の何と多いことか。
 そういう人たちは往々にして、そのまま地位や権限を手にして、権力を行使したりします。

 そういう人たちが制度をつくったり、規制をつくったり、ある場合は税金の使い道を決めてしまったりすることが多いのでは? だから、学校だけでなく、世の中全体に、生きずらさを抱えた人が多くなっているのでは? このところそう思うことが多くなっているのです。

 芹沢さんは、実は最も多いのは浮遊層ではないか、とおっしゃっていました。
 浮遊層の中には、従順層の人たちに合わせて生きている人もいるけれど、脱落層に近い思いをもっていて、脱落はしないけれど「分かるよな」と考え、世の中の仕組みからこぼれたところを支えることをしている若者も、最近は増えてきているように思います。
 私はこういう若い世代に期待し、バトンタッチできる世の中をつくっていきたいと、最近思うことが多いのです。

 それは、障害をもつ人たちとの関わりの中で、「自立というのは自己決定できること」と学んだことも関わっています。
 どんな人でも自己決定できる世の中になるためには、「当たり前」ということばに惑わされず、「自分で考え、自分で何が大切なのかを決めていける」人が増えていくことが必要だと、思っています。
posted by ふくろう at 18:40| 埼玉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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