2006年07月25日

もう一度考えたい、政治の役割

 連日、豪雨のニュースが続き、南九州ではまだ10万人以上の方が、避難生活を余儀なくされているとのこと。
 長野県や島根県をはじめ、亡くなった方のご冥福を祈るとともに、ご家族を失われた方々に、心からお悔やみ申し上げます。

 ニュースでは繰り返し、濁流に家がのみ込まれていく映像が流されていました。
 ここ数年、毎年のように繰り返される豪雨被害。命や営々と築いてきた暮らしが、自然の脅威の前になすすべなく奪われてしまう痛ましさを、しっかり見つめ、考えていかなければならないと思います。 報道では、地球温暖化の結果、2020年頃の日本の気象現象はこうなる、と予測されていた降雨パターンがすでに現れているとの指摘もあります。

 また、地球の気温上昇と、工業生産の伸びが見事に比例しているデータの指摘もありました。

 そんな中でのテレビ番組「テレビタックル」、今年からの住民税大増税をはじめ、増税問題を取り上げていました。
 出席した自民党の議員の発言に唖然。
 「年収300万円時代」の評論家森永氏が、庶民(低中所得者)をねらい打ちする増税税に比べ、法人税や投資所得の減税をあげ、税制の不公平さを指摘したのに対し、「企業が儲からなかったら、働く人はどうする!」と切り捨てようとしました。

 もう、企業が儲かることによって、庶民が幸せになれる、という幻想を振り払わなければならない時代に入っているように思います。本当に必要なものだけをつくり、ものを大事に使い、無駄な公共事業で自然破壊しない、そんな時代への変換こそ、本当の改革だと思わずにはいられません。

 地方制度改革というと、都会の人間がたくさん収めた税金が、地方に流れている、という不均衡を是正しようという論議になってしまいますが、人の命という農業生産や漁業を支えているだけでなく、自然環境を守るという、ほとんど利益を生まない産業を支えている地方への感謝、というものを忘れてしまったら、日本はどうなるのでしょう。
 それだけでなく、都会で働く人たちを育てたのも地方であり、働く人を育てた人たちの老後を支えているのも地方です。

 自然と共生する社会をつくっていくことこそ、全ての人の命を支え合える共生社会ではないか、今求められている政治とは、そういう転換を目指す政治ではないかと思うのですが…。
posted by ふくろう at 06:53| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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