感動し、考え込み、語り合い、さまざまな出会い、そんな素敵な4日間でした。
交流会で、開催地の高橋本別町長(右から2番目)を囲み、右は一緒に参加した八潮市議の矢澤さん、左は、パネルディスカッションのコーディネイターをつとめた、長野大学鷹野教授。
さて、初日は新千歳空港から浦河へ。
翌日、かねてから訪れたいと思っていた、「浦河べてるの家」を訪問しました。
「人の駅」と書かれた標識に感激して、矢澤さん、幸手市のHさんと記念撮影。
「障害があっても、地域で自分らしく生きる」が、モットーの「べてるの家」ですが、私が関わっている「わらじの会」と異なるのは、経済的基盤が強いことと、もう「べてる」の仲間が暮らす「生活ホーム」が10箇所近く、しかも町の中のあちこちに点在していて、大通りを歩く人の9割は「べてる」、とマップにあるほど、浦河の中にとけ込んでいることです。
朝のミーティングから参加しましたが、毎朝のこのミーティングで、通所者の健康状態やその日活動すること、時間の確認や、各活動の場の報告など、自己申告を中心にこと細かく報告しあい、情報を共有していることが印象的でした。
このミーティングのあと、各場に散っていくのです。
「三度の飯よりミーティング」という「べてる」のモットーに、まず触れました。
多分、たくさんのデイケア施設やグループホームでは、ミーティングはスタッフ中心で、利用者と呼ばれる人たちが参加するのは、多くても週1回、という具合でしょう。
外からみたら、誰が利用者で誰がスタッフか分からない、このミーティングが、やはり「べてる」の象徴でしょう。
全国各地から見学者の多い「べてる」らしく、この日も四国をはじめ、全国各地から、20人近くの見学者が訪れていました。
町の中心街にある「べてる」のアンテナショップ、「4丁目ぶらぶらプラザ」の前から広がる浦河の大通りの光景。8年前、道路拡幅の時に、日高山脈をイメージした町づくりを進めた、という浦河の大通りは、本当にかわいらしい風景でした。
午後からは、赤十字病院にある、精神障害を持つ方のデイケアで行われた「ハートフルミーティング」に参加しました。
「べてるにくると病気が出る」というのも、合い言葉の一つ。精神障害の場合、なんとか病気を隠そうとしたり、早く病気を治して社会復帰しなければ、と焦ったりすることが多く、それが生き辛さの大きな原因となっています。
「べてる」では病気そのものも受けとめ、あるがままの自分でいられる空間なのだと実感した、ハートフルミーティングでした。
その後、競馬馬の産地、日高の山の中を、おとぎ話の一こまのようなシーンの連続、牧場の間を抜けて、一路本別の隣町、幌別へ。
二泊した十勝川温泉は、植物が堆積した泥炭が主成分のモール泉、ということで、ゆっくり旅の疲れをとり、「介護保険サミット」に備えました。
サミット一日目は午後からなので、朝のひととき、ホテルの近くを散策。
日高山脈と十勝川が一望の下に見渡せる展望台でのスナップです。
ここまでが自費の視察で、さあいよいよ、午後からはサミット。
バスに揺られること30分ほどで本別の町へ。
今年も全国各地から、1500人近くの方が集い、会場となった本別町体育館は、氷を利用し、ダクトを通して冷風を送り込んだ、という町を上げての工夫も役に立たないほどの熱気。
今年のテーマは「地域住民と協働で進める認知症を支えるまちづくり」です。
2日間の熱心な講演や分科会、パネルディスカッションについては、書ききれないほど考えさせられる内容の連続でした。
たった一つ、特記しておくとすれば、介護保険の誕生から関わっている厚生労働省老健局の山崎史郎総務課長学が繰り返し力説したように、「介護保険制度は、各自治体が、自分たちの地域にあわせた制度に育てていくものなのだ」という点です。
常に「国が決めた制度だから」と逃げ口上を繰り返す市長に聞いてほしい。
それとともに、お年寄りだけでなく、子どもも障害をもっている人も含めた居場所「この指と〜まれ」をつくり、それを制度の中に位置づけるまで育てた富山の惣万さんたちの取り組み、そういったことからも学ばなければ、と強く思って帰ってきました。
いずれ一つ一つの事例は、今後の議会活動の中に生かして参ります。




