第一部の希望のフェス。
まず、海外からのメッセージも含め、様々な方からのスピーチがありました。
高校生の安積宇宙さん。お母様の安積遊歩さんは、障害者団体の集まりでよくご一緒していたのですが、3.11の原発事故以来、母子でニュージーランドに住まわれています。宇宙さんもお母様と同じく生まれつき骨が弱い体質で、車椅子を使って生活しています。
「車椅子生活でも不自由だと思ったことはない。そのお陰で様々な方と知り合い、支えられて生きている幸せ」と言い切れるのは、お母様の生き方をきちんと受け継いでいらっしゃるのでしょう。彼女からのメッセージは、「若い世代でもいろんなことを考えている。私たち世代の考えを思いを、もっと知ってほしい」と。
沖縄からきて下さった、辺野古の座り込みを続けている高里鈴代さんは、「全体の幸せのために」と権力を持つ人たちはよくいう。全体の幸せのために、経済を支えるために必要、と福島をはじめ地方に原発を押しつけ、日本全体の平和のために沖縄に基地を押しつけている。「全体って何?」「本当にそのことがみんなの幸せにつながり、平和につながっているの?」この疑問を忘れずにぶつけていこう、と。そう、一人ひとりの幸せがつながってこそ、全体の幸せがあるのですから。
次のパフォーマンスライブでアイヌの古代舞踊を踊ってくださった平田幸さんは、小学校の低学年のときにアイヌ故にいじめにあい、学校に行けなくなった体験があったとのこと。
10代の後半で「アイヌって人間という意味」なんだと知って、自分は人間なんだ、みんなと同じように暮らしていいんだ、と思うようになってから、首都圏に移住し、アイヌの古代舞踊はじめ、伝統文化を守り、伝える活動をされているとのこと。
声高のスピーチではなかったけれど、差別がまだまだ残されている現実に苦しめられている人たちがいることを忘れてはならないと思いました。
まだまだスピーチは続きましたが、その後のパフォーマンスライブ。
ゼロノミクマくんの司会で和やかに進みましたが、どなたのパフォーマンスも、自分たちの領域の中で美しい主張が続きました。
KOTOBUKIのナビィさん、「人間って素晴らしい叡智を持っていて、何でもできそうなんだけれど、実は私たち人間は、地球上の動物や植物やいろんなものに許されて生きてるってことをこのごろ強く感じます」とつないで歌ってくれました。このようにそれぞれが音楽の合間の語りに、素敵な言葉を散りばめられていたのに、記憶に残っていないのが残念です。
写真は、ライブに出演した人たちが最後に舞台に集まり、客席のみんなも加わって「カチャーシー」を。
次のサプライズは、いきなり「相馬盆歌」の演奏がはじまり、福島から参加していた方々を中心として踊りの輪が広がりました。
朴慶南さんがスピーチで語っていたように、「私たち一人ひとりは幸せになるために生まれてきたんだ」ということを忘れずに、まず、自分の周りの人が幸せであることを願って、そこからはじめなければ、と思った「母の日」でした。
ステージのあとは、車椅子の方や高齢の方のスピードに合わせて「ゆっくりウォーク」。シュプレヒコールの代わりに歌を口ずさんで。
上野公園から秋葉原まで、小1時間のウォークでしたが、途中でお巡りさんに「もう少し早く」とせかされたのははじめてのウォークでした。
ゴールの錬成公園では、盛りのバラの花々が迎えてくれました。



