合宿からの引き続きで、めっきり体力の衰えを自覚している私は27日のみ参加しました。
初日は午前中のテーマは「暮らし」、午後のテーマは「教育」でした。
会場となった第3庁舎の講堂は、県内各地から集結した140人近い人々&車椅子でいっぱいです。
前もって渡してある要望書に対して、障害者支援課を中心とする担当各課の回答を聞き、その回答について質問や意見を出し合うという形で進行しましたが、今年は、各回答について、「現状を知って」という思いから映像を含む、各場からのプレゼンテーションを、県庁の職員さんにも見ていただくというスタイルで行われました。
「国の方針で」、「財源が厳しいので」
という相変わらずの答弁があってかみ合わない議論の中で見えてきたもの。
それは行政は行政の立場として、制度の枠の中に納め、できるだけ平等に支援を行うことが要になっていること。
それに対して障害当事者や実際に地域で支援している人々は、「必要な支援の手を、限られた財源や人手の中でどのように届けていくのか」と常に考えていること。
15年間、議会という場でこの違いを訴えてきましたが、いつまでも変わらないこの立場の違いは大きいのだと改めて実感しました。
そこに生まれる制度と制度のはざま。
県でもこの狭間を埋めるために、様々な機関をつなげるネットワークの構築の必要性を認めているとのことで、基幹型の総合支援センターを県内各地に設けて、そこの核となるアドバイザー養成に力をいれていくという方向性が示されました。
しかし、今ですら、生活支援センターについては地域格差があり、機能していない部分を認めているのに、これは屋上屋を重ねることにはならないのでしょうか。
今、本当に必要なのは、制度の枠を超えて、各地域で必要な支援を模索し動いている、そういった実態から吸い上げて、それを組織化して必要な財源を振り分けていくことではないでしょうか。
お役所がイニシアティブを握り続けることではなく、現場から学び、有効な施策を練っていくという発想がない限り、平行線状態は続くことでしょう。
だからこそ、「民間にできることは民間で」ではなく、「民間にしかできないことは民間で」の発想が必要菜のです。
「教育」についても、インクルージョンといいながら、「共に学ぶ」が目標といいながら、普通学級や特別支援学級に通う子どもたちに対して家族の付き添いがなぜなくならないのでしょうか。
家族が入ったとたん、教室の中の子ども対子どもの関係が生まれにくくなるのですから、これではとても「共に学ぶ」ことにはならないのです。
現状を打破するには、まずやってみて、そこから生まれた混乱の中から次のつながりをつくっていくこと、これに尽きるはずです。
混乱は避けたい、という姿勢があるうちは、次への一歩は生まれないだろうと考えながら、だからこそ、問題提起し続けていかなければならないだろうと思いました。
県交渉の報告は、「埼玉県障害者市民ネットワーク」のFacebookにもありますので、こちらもご覧ください。
https://www.facebook.com/syougaisyashiminnetwork



