「埼玉県障害者市民ネットワーク」の総合県交渉にいった折、本庁舎から第3庁舎に向かう芝生にありました。
「秩父3ダムの石」だそうです。今まで気がつきませんでした。
滝沢ダム、浦山ダム、合角ダム建設時、237戸もの方々が数百年住み慣れた土地を離れなければならなかった、「私たちの生活に欠くことのできない貴重な水は、こうした水没関係者の方々の悲しみ、それを乗り越えられた深いご理解があって生み出されています。このことを深く胸に刻むため、それぞれのダムの湖底に沈んでしまうことになっていた三つの石をここに設置いたしました」
との標記があります。
最も大規模な滝沢ダムは、移転対象が112戸と最も規模が大きなダムだったため、1969年に計画が策定されたにも関わらず、移転交渉に時間を要し、ダムの本体工事着工は30年後の1999年となっています。
これは、決して強権を発動せず、粘り強く交渉を続けた国や県の姿勢を評価すべきでしょうか。
時は流れ、八ッ場ダムをはじめ、国内で建設計画が進められている多くのダムで、洪水時の基本高水の設定や過大な水需要予測などが問題点としてあげられ、貴重な自然環境を破壊し、そこに住む人の暮らしを奪ってまでダム建設の必要があるのかとして、反対運動が起こっています。
この絵はがきはその1つ、長崎県の川棚町に建設予定の石木ダムに異議申し立てをしている「こうばる地区」に住んでいる人が、運動の資金カンパのために製作しているポストカードです。「こうばるに生息する生きものたち」。
ダムが建設されると水没するこうばる地区に住む人たちは、わずか13戸60人ほどといいます。しかしこんなに多種多様な生きものたちが生息し、日本の原風景といわれる棚田で稲を育てて暮らしている人たちの暮らしを根こそぎ奪ってまでつくらなければいけないダムなのか。
詳しくは、「石木ダムを考えるーこうばるプロジェクト」のブログをお読みください。
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