2016年05月16日

障害を持つ人が働くということ

 先週は、障害のある人の就労の問題を考える視察や講演会に参加する機会が続きました。

 11日の水曜日は、東武鉄道株式会社が障害を持つ人を雇用するために設立した特例子会社、(株)シンフォニア東武の北春日部事業所にお邪魔して、実際に働いている様子を見せていただきました。

 この会社の従業員は75名、うち、障害をもつ従業員は48名で、指導員は16名とのことです。パートナーと呼ぶ障害当事者は、時給が最低賃金の1年契約の有期契約社員となっています。「福祉的就労ではないので、働く≠ニいうことの意味をきちんと理解してもらうようにしています」とのこと。
 毎日、始業の前に行う朝礼では、
「私たちの仕事は職場を明るくすることです」
「私たちの仕事のやり方は、『あいさつ』『笑顔』『一生懸命の掃除・配達』で職場を明るくすることです」
 と全員で唱和していました。

 作業にあたっては、指示はできるかぎり具体的な言葉を使い、イラストや記号などで視覚的に理解できる工夫をしており、作業の内容をきちんと覚えるよう、自主的に練習する環境を整えています。

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 ベッドメイキングの担当者は、その日の予定表に示されたシーツ交換をする部屋の色を確認し、その色のシールの貼られたドアノブに、シーツ交換の札を下げていきます。

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 モップかけでは、モップを掛ける壁に貼られたシールに沿ってモップを動かし、次にモップに描かれたイラストのように、靴の脇に沿ってモップを引くことによって、N字にモップをかけていくことができる、といった具合です。

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 便器清掃の練習用の便器には、スポンジてこすっていく順序と方向が矢印で示され、掃除のし残しがないように作業できるようになっていました。

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 これらのこと細かな作業手順は、すべて写真によるマニュアル化がされていて、だれが指導しても同じ手順と動作で行えるようになっています。
 「迷わせない・困らせない・不安にさせない」という方針が、こんな一つ一つの細かな配慮で貫かれています。

 シーツ交換、毛布や布団のカバーの交換、ある作業は1人で、ある作業は声をかけ合って2人で、とてもきびきびと合理的に仕事が進んでいくのは、見ていてとても気持ちのよいものでした。清掃作業も同様です。
 
 福祉的就労ではなく、一般就労として障害のない人と遜色のない仕事をすることができる、という自信と誇りが育っていくのは、地域で暮らしていくための可能性を広げていくのだろうと思います。

 ただ、こうして働くためには、家族など、生活面の支援をする人たちが不可欠であること、契約社員という雇用形態では、なかなか自立して暮らしていくことは困難なことなどから、手帳を取得して年金や公的な支援を受けることができる人でなければなかなか難しいと感じました。
 障害をもつ人の自立のためには、就労と生活支援と経済的な支援、セットで施策と整えていく必要性を痛感します。

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 14日(土)は、越谷青年会議所の月例会での講演とパネルディスカッション、「障害者就労と地域おこし〜農・福〈福祉)・商の連携による新たな社会システムを創る〜」に参加しました。
 県立大学教授の朝日雅也先生の基調講演では、障害者の就労形態が多様になってきていること、障害者雇用は着実に伸びていることが示されましたが、一方で、その収入があまりにも低い現状も述べられました。
 障害者雇用促進に関する法律が整っても、経済活動と福祉支援の廉価医は、まだまだ壁があるのが現実で、それを可能にするのは、当日発表のあった社団法人と株式会社とが連携している新たな組織や、越谷青年会議所のような地元の決して大きくない事業所の、農業も含む地域資源を視野に入れた新たな取組かも知れないと思います。

 さまざまな場で様々な人たちが障害を持つ人が働くことを考え、自分のできることから一歩ずつ取り組んでいくことから開ける地平があるのでしょうか。




 

 
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2016年04月06日

一刻も早く、原発事故を責任を裁判の場で明らかに

 昨日は、福島原発告訴団、福島原発刑事訴訟支援団、福島原発告訴団弁護団の3団体は、東京地方裁判所に対して、強制起訴された東京電力旧経営幹部3人の刑事裁判に関し、直ちに公判を開くよう申入れを行いました。

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 申し入れ後、東京地裁前に激励に訪れた約150人に報告する、武藤類子団長です。背後には、満開の桜。

 地裁で不起訴となったこの裁判、原告側が検察審査会へ申し立てを行った結果、審査会は「起訴相当」と議決し、即座に検察側が不起訴としたものの、再度の検察審査会への申し立てで起訴議決が出されました。それを受けて審査にあたっていた、検察役の指定弁護士は、2月29日付で東京地裁に強制起訴の判断を行い、3人の被告人について公判請求いたしました。
 しかし、公判はなかなか開かれそうにもありません。そこで、3団体の代表が東京地方裁判所に第1回の公判期日を早急に定めることを求めました。
 昨日の地裁前で、弁護団の海渡雄一弁護士は、「指定弁護士は保管する証拠4000点の一覧表を開示し、弁護人からの請求があり次第、原則としてすべて開示する旨、地裁に伝えている。これによって裁判まで時間がかかる公判前整理手続きを経ることなく、第1回公判を開くことができる」と語り、この裁判は、新しい裁判、未来につなぐことのできる裁判になる、と力強くアピール。
 
 海渡弁護士が語った、「川内原発の差し止め訴訟で原告の訴えが通ったら、明日はまた、日本で原発が一基も動かない日になる」という望みは、本日の原告を申し立てが退けられた、という結果によって断たれましたが、今なお大変な状況にある福島の人たちがこれ以上理不尽な目に遭わないためにも、また再稼働をどんどん進めようとする動きにブレーキをかけるためにも、きちんと責任を追及する過程を裁判の場で明らかにしなければならないと思います。
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2016年03月12日

二度と自分たちのような思いをする人を出したくない、と行動する福島の方々と、これからも思いを一つにして

 大震災と原発事故から5年目の昨日は、国際環境NGO「FoE Japan」主催の「3.11シンポジウム 福島を忘れない」に参加しました。

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 会場となった参議院議員会館の講堂にh、椅子を出しても出しても座りきれないほどの参加者が、最終的には400人ほどの方が参加されたとのことです。

 基調講演の皮切りは、飯舘村で酪農を営まれていた長谷川健一さんのお話でした。
 事故直後、スピーディーのデータが分かっていたにも関わらず、村当局には伝わらず、避難指示が出ないまま、初期の段階で無用な被曝を受けてしまった怒り。

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 そして除染が進むにつれて生み出されるおびただしい汚染物質の詰まった袋が、手塩にかけて耕作してきた田んぼに「中間貯蔵施設ができるまで」として積まれていく現状。仮仮置き場とされながら、一向に中間貯蔵施設は整備されず、「飯舘村はまた裏切られた」という思い。
 その除染も、瓦屋根を一枚一枚ペーパータオルで拭く、ビニールハウスを同じくペーパータオルで拭く、というなど首を傾げるような作業で、敷地内は除染が行われても、周囲の山林は行わないという状況の中で、未だに高い放射線量にも関わらず、避難解除されようとしていることに対する怒り。
 何兆円ともされる復興予算は、一体どこに、何のために使われているのでしょう。

 もう一方の福島から転々と避難を続け、今は京都府で避難生活を送っている宇野朗子さんは、原発事故後に「原発事故子ども被災者支援法」が超党派で成立したにも関わらず、従来の災害救助法に従って、来年の3月で避難している住宅の家賃補助が打ち切られることの理不尽を訴えました。
 事故が起きたのは一体誰の責任なのか、決して避難している人たちの責任ではないにも関わらず、故郷を奪われ、精神的にも苦しい生活を余儀なくなれている避難者に思いを致す政治が、なぜおこなわれないのでしょう。

 その後も、子どもたちの健康被害に関してとられているチェルノブイリと日本の対策の違いなど、考えさせられる講演が続きました。

 「二度と自分たちと同じ思いをする人を出さないでほしいからー」と発言を続け、裁判で訴える被災者の方々と、これからも連携していかなければ、と思いを強くしました。

 この現状を正視せずに再稼働を決定している政府に抗議したくて、集会後の国会周辺で行われた脱原発行動では、官邸前に参加しました。
 なのに、阿倍首相は、昨日の追悼式典では「教訓を風化させない」と語ったとのこと。つまりは、首相にとって福島第一原発事故は、教訓にはなっていないということなのでしょうか。
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2016年03月05日

25年たったフリースクール

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 昨年、25周年を迎えたフリースクール「りんごの木」の記念誌が届きました。

 25年たったんですね。
 私と「りんごの木」の関わりは、フリースクールになる前の、不登校の子たちのたまり場が、長男のお世話になっていた塾にできたことでした。
 以来、不登校ではなかったけれど、いろいろ悩みも尽きない4人の子どもたちが塾にお世話になっている間に、りんごの木のスタッフの皆さんとの関わりができ、子育てや教育問題に対する心のより所になったきたのが、この「りんごの木」です。

 記念誌には、スクール生の日常や楽しい行事のあれこれ、そして巣立っていった子どもたち(もう青年ですね)の姿が、スクール生やOB・OGの手によってまとめられています。
 @自分のことは自分で決める、Aみんなのことはみんなで決める、Bみんなで決めたことはみんなで守る。
 この3つが「りんごの木」のルールです。
 これは、子育てだけでなく、今の社会に必要な、すべての人たちのルールでもあるとの思いが、ざわついている今日の社会現象をみているとわきあがってきます。

 ご覧になりたい方は、ご一報ください。


 
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2016年02月23日

微生物の力でごみを資源に!

 微生物の力で、生ごみをたった24時間で堆肥(正確には土壌改良剤)にする、しかも汚水も悪臭も発生しない、土壌改良剤になるのは投入した生ごみの10%なので90%も減容できる、という、夢のような生ごみ減容化処理システムを見学してきました。
 春日部のお隣、久喜宮代衛生組合の取組です。

 久喜宮代衛生組合では、焼却施設の老朽化に伴い、新設炉建設、最終処分場建設が計画された平成4年以降、住民の同意が得られず検討が重ねられてきたとのこと。
 その中で、できるだけ焼却ごみを減らすことを条件とする提案が出されました。
 そこで、平成15年から生ごみ堆肥化の実証実験が取り組まれたのですが、最初に実験したシステムでは経済性の観点から無理があることが分かり、平成20年度から、今回視察したHDM処理方式の実験に切りかえたとのことです。
 
 結果は想像以上に素晴らしく、前述のような処理が可能になったのです。

 以下は、久喜宮代衛生組合による処理方法の説明です(ホームページから)。


 平成21年4月から、モデル地区から回収された生ごみの処理方式として新たに「HDMシステム」による生ごみ減容化システムを導入し、現在、1日におよそ4トンの台所資源(生ごみ)の処理を行っています。

HDMシステムとは?】

 HDMシステムとは、微生物を利用した生ごみの減容化処理システムです。
(HDM=High Decreasing Microbe-bionicの略。「微生物による高度減容化」の意。)
 放線菌、糸状菌、油分解菌、リグニン分解菌などの有機物を効率よく分解する微生物を多く含む木片チップ(これを菌床といいます。)を用意し、そこに生ごみをよく混ぜ込むと、微生物の作用によって発酵分解が進みます。
 また、投入された生ごみは短期間のうちに約90%以上が分解されます。
 そして、発酵が終わった菌床をふるいにかけると、良質のコンポストを得ることができます。

・HDMシステムの特徴
設備が単純で、故障などが起きにくいこと
日常的な運転管理が簡単で、費用が安価であること
微生物の作用により、悪臭の発生がほとんどないこと
水分が蒸発しやすいため、汚水の発生がほとんどないこと


 引用ここまで。

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 施設は、生ごみとHDMを混ぜるヤード。

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 ごみ袋に入った生ごみから袋を送風で分離して生ごみだけをヤードに送る分離機。

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 24時間空気を送る送風パイプ。

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 生ごみと菌床を攪拌するパワーショベル。

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 材料は12種の菌が混合されたHDM。

 たったこれだけです。

 それでも、協力家庭から生ごみだけを収集する費用もかかり、焼却処理費用が1トン当たり3万円に対して、5万円かかるとのこと。
 しかし、処分場の問題などもあり、焼却による排気ガスなどを考えるとともに、環境に優しい資源循環型社会を目指すという観点から、大きい意味でのメリットははかり知れないと思いました。

 HDMによる処理方法をさらに詳しく知りたい方は、以下のサイトをご覧ください。

http://gomizero.net/sisetu/sisetu_hdm.html
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2016年01月28日

なぜ、原子力発電のみが、製造者責任を追わな負わなくてすむのでしょう

 昨日は、原発メーカー訴訟の第3回口頭弁論が行われました。

 福島第一原発事故という発生以来5年近くになる今なお、事故の収束の目処もたっておらず、18万を超える人々が故郷を奪われ避難生活を続けているという苛酷事故です。
 第3回目の今回は、そのような事故であるにもかかわらず、原発を製造したメーカーがなんら責任を負わなくて済むということの裏付けとなっている、「原子力損害の賠償に関する法律」の種々の問題点について、原告代理人がパワーポイントによるかみ砕いた説明による意見陳述が行われました。

 たとえばタクシーが事故を起こしたとき、その原因が車の欠陥によるものであったときは、メーカーが前面的に過失を問われ、責任を負います。それなのに、なぜ、原発だけはメーカー責任を問われないのか。
 国策によって進められてきた原子力産業の大きな問題点が、ここにもあります。

 内容について関心のある方は、以下の動画をご覧ください。
 http://nonukesrights.holy.jp/pdf/third_brief_20160127.pdf

 それにしても、被告のうちのGEジャパンの代理人が、またもや「このような法律論争はこの訴訟では無効である」というような意味の発言をし、もう論点は出尽くしているので結審を、と主張したのには驚きました(毎回のことなのですが)。少なくとも、あのような事故が起こった以上、製造者として原子炉そのものに問題はなかったのか、という観点から検証することは不可欠だと思います。
 今回の裁判で原告が主張している「No Nukes権」(核の脅威にさらされることのない、安全で安心に生きる権利)について、「そんな人権は聞いたことがない」などと一刀両断に切り捨てる姿勢こそが、問われているのではないでしょうか。

 裁判長がやんわりと、「すでに次回の弁論期日を決めたあとでそのような主張をすることはできません」と諭してくれたのが救いでした。
 
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2016年01月01日

新しい年を迎えて

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 ご近所の林の間から、初日の出が上っていきます。
 
 あけましておめでとうございます。
 戦後70年の昨年は、これから戦後71年、72年という年輪を刻んでいくことが危うくなるかも知れない、との思いを抱いた年となりました。
 それと共に、さまざまな世間の暗闇もじわじわと広がっているような不気味さも感じています。

 新しい年を迎え、自分のしなければならないことをおろそかにせず、木々の葉の間から差し込む日の光のように、歩いた先には希望が見えるようにしたいと改めて言い聞かせています。

 皆様にも良い1年となりますよう。
posted by ふくろう at 21:46| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月24日

危うし! パソコン

 ここ1週間ばかり、チラシづくりに没頭していました。
 もうチラシづくりはしない、と心に決めていたのに、1つは自分が言い出しっぺの上映会のチラシなので、やるしかありません。もう1つは、関わりの中で自分ができることはチラシづくりくらい、という事情があり。

 上映会のチラシです。
 ずっと取組みたいと思っていた、河合弘之弁護士が自ら監督としてまとめた「日本と原発」です。今回、埼玉でリレー上映、という形で、上映のハードルを低くして下さった方々のおかげで、越谷と春日部で上映できることになりました。
 関心のある方、是非、ご参加ください。
 画像はjpgでないとアップできないため、不鮮明です。もっとはっきりしたチラシを、という方はご連絡いただければ、PDFのものをお送りします。

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日本と原発2.jpg

 ところで−。
 久しぶりのチラシづくりは四苦八苦。仕事をやめてから、パソコンの一切はバージョンアップしない、と決めていたので、illustoratorもPhotoshopもなんとなくスムーズに使えないのです。
 もう10年近く酷使してきたマックのデスクトップ型のパソコンももう限界に近いため、いざというときのためにノートブックを求めたのですが、どうしても使い慣れたパソコンの方が使い勝手がよく、ノートも買ったときのまま。これからこのノートを使いこなすために、アプリケーションを入れたりネット環境を整えたりしなくてはいけないのですが、自力ではとてもとても。
 パソコンのお助け、はウインドウズが主流なので、秋葉原までいくのも億劫なのです。どなたかマックブックに詳しいかた、お力を貸していただけないでしょうか。
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安保法制は違憲! という思いを表明するために訴訟に参加しませんか

 12月20日は、「九条こわす安保法制・違憲訴訟埼玉準備会」に参加しました。会場には100人を超える方の参加があり、同じ思いの方が多くいらっしゃることを心強く思いました。
 国が進めることに異議申し立てする裁判をしても、勝てるわけがない、という冷めたご意見も聞こえます。しかし、この法律が制定される過程で目にした政府の強引な進め方によって、憲法九条の理念が危うくなっている今、日本の立憲主義や議会制民主主義を守るために、多くの人が異議申し立てをしているという事実を可視化し、裁判所に自らの責務を喚起することが求められています。

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 基調講演をしてくださった、弁護士の内田雅敏氏も、「答えが出てくるまでつくり出さないといけない」とおっしゃっていました。「この裁判は難しい。しかし、裁判官に想像力を働かさせる裁判をやらなくてはならない」とおっしゃいました。
 そして、「負けたらマイナスかもしれない。しかし、この機会を逃せば違憲訴訟を起こすことが今後出来なくなる。」と述べ、違憲訴訟の必要性を訴えられました。
 そして先日あった「夫婦は同じ姓を名乗る」とする民法の規定が憲法違反かどうかが争われた訴訟で最高裁判決文に「夫婦同姓が定着している」とあったことを紹介し、安保法制についても「声を上げなければ定着≠オたことになってしまう、と述べられました。
 負けることを恐れるあまり、黙ってこの法律を施行させ、戦争する国へと突き進むことを許すことは、何もせずに負けるということです。
 自分は憲法違反のこの法律の施行を許さない、廃案にすべきと思っている、という声をあげなければ、と思っています。
 埼玉準備会では2月末に全国各地の動きと手を携えて提訴するために、一万人の賛同者を募るとのことです。
詳しくは、準備会のface book
https://www.facebook.com/ikensosho.saitama/timeline
をごらんください。
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2015年12月13日

高齢者、障害者、生活困窮者ー孤立や分断を超えて共に生きていくために求められていること

 本日は、NPO法人障害者の職場参加をすすめる会が主催する「共に働くまちをつくるつどい2015」に参加しました。
 今年のテーマは「高齢者、障害者、困窮者…孤立・分断こえー共に生きる地域と障害者の職場参加」というものでした。

 まず、千葉中核生活支援センター長生ひなたの所長である渋沢茂さんからの特別報告がありました。

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 千葉県独自の事業である、中核地域生活支援センターというのは、何と、平成16年に策定された「千葉県地域福祉支援計画」に基づいて、こども、障害者、高齢者を含めたすべての地域住民を対象とした地域生活支援の民間拠点として設けられたもので、24時間、365日体制で、地域生活支援事業、相談事業、権利擁護事業といった事業を行うとともに、地域総合コーディネートの機能を担っているとのことです。
 もう10年近く前にこのような具体的な支援事業を盛り込んだ支援計画を策定したのも驚きなら、この計画策定にあたっては、計画の内容が白紙の段階から、民間の団体の意見を聞くことからスタートし、ある程度の素案がまとまってからは、きめ細かいタウンミーティングなどでさらに意見を聞き、取り入れていくという手法で制度化されたとのこと。
 そのスローガンが『誰もが、ありのままにその人らしく、地域で暮らすことができる』というもので、そういった地域社会の実現を理念としているとのことです。
 このセンターは、政令指定都市と中核市を除く県内の保健所の管轄地域ごとに1カ所設置されているとのことです。ただし柏市は中核市ですが、中核市に移行する際、市の単独事業として事業を継承しているとのこと。
 地域の総合コーディネートに当たるに際して、行政などの公的機関や福祉サービス提供事業者、当事者グループ、その他の福祉資源などと住民のニーズを有効につなげていくことのみならず、必要とされるサービスの提供ができるように、新たなサービスや福祉資源の開発などの活動を行う必要があるようです。その中で、隠れた地域の福祉力、住民の福祉力の掘り起こしに努めることもポイントになっているようです。

・どんな要望も断らないでまずは動く。
・地域の関係者との関係性を重視する。
・迷ったときは必ず弱い人の立場に立つ。
・当事者にとっての利益を考える。
 などの活動の際心がけているポイントを伺っていると、これこそがまさに地域福祉、と肯くばかりでした。

 そのほか、パネルディスカッションのパネラーの皆さんの活動も、基本はやっぱり地域の人たちとの関係性であり、住んでいる人々の力で皆で支え合う地域をいかにつくっていくかが課題であるということを示唆する内容でした。

 「職場参加をすすめる」ということを目的にしているNPO法人ではありますけれど、公的な就労支援のように一般就労に結びつけることだけではなく、こうした地域の中で共に働き生きていく、ということによって、制度によって分断されない新しい地域包括支援体制について、先進的な千葉の取組などをお手本にしながら求めていきたいものです。


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2015年12月12日

「仏つくって魂入れず」バリアフリー法の巻

 12月7日(月)、埼玉障害者市民ネットワーク代表の野島さんと一緒に、国土交通省に出かけました。
 DPI(障害者インターナショナル)日本会議が11月24日に国土交通省に出していた「バリアフリーの改善に関する要望書」の回答を聞くためです。

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 国土交通省からは、交通バリアフリー室長を筆頭に、安心生活政策課から6人、鉄道局から5人、自動車局旅客課から2人と総勢14人ものお歴々が並んだにもかかわらず、回答は相変わらず「今年度に実証実験に取り組む」「検討中」といったものばかりでした。今回の要望書は、2020年にオリンピックとともに開催されるパラリンピックに向けての施策も多かったのですが−。

 羽田空港や成田空港へのリムジンバスを100%バリアフリー車輌に、という要望については、平成32年度までに25%を目標としている、とのこと。
 新幹線やタクシーなどに、電動車椅子のまま乗車可能にすることも、導入の見込みがないようですし、在来線車輌でも、車椅子やベビーカーの利用客が乗車できるフリースペースは、まだまだすべての車輌に設けられていません。
 バリアフリー法によっって、かなりの駅のエレベーターの設置が進められたものの、一日の乗降客数が100万人を越す駅でも1機しか設置されていない、ということもあります。
 よほど頻繁に公共交通機関を利用し、駅の構内に精通している人以外は不便な状態が解消されていない状態で、内外から訪れるハンディキャップのある人たちが支障なく移動できる環境が整っていないと言わざるを得ないようです。

 最近、合理化の嵐の中で、無人駅が増えてきています。段差の解消も不十分で、かつ、ホームと電車の車輌の間に大きな隙間がある現状で、無人駅で車椅子利用者などが乗り降りするのは不可能でしょう。
 その対応についての回答で、「2.3日前に連絡していただければ、係が待機するようにしたい」とあったのには絶句です。ハンディがあっても、支障なく移動できるように、というのが交通バリアフリーの柱であるはずなのに、行きたいところに行くのにこんなに制限がある状況をそのままにしておく、というよりも加速させているということに、疑問を感じないのでしょうか。
 
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2015年12月06日

市民活動をつなげていくために

 昨日5日と、本日6日の2日間にわかって、「春日部市市民活動センター・ぽぽら春日部」オープン4周年記念イベントが開催されました。
 参加団体は39にものぼりましたが、今年は抽選で参加団体を絞り込むのではなく、会議室などは何団体かで分け合って、という形で、会場の設定そのものも、市民団体同士の交流の場になるように、という企画で進められました。

 さて、2日間、市民活動を広く一般の方々にも知っていただくために、各団体とも知恵を絞って活動内容の紹介等を展示したり実演したりしていました。
 残念ながら、団体の知り合いの方以外の一般の参加者はどのくらいいらしたのだろうか、という印象でしたが、活動する団体同士の交流はそれなりにはかられていたように思います。

 私は、はじめて独自に「高齢者虐待を未然に防ぐRJ実践研究会」のブースをもたせていただきました。展示でRJ(Restorateve Justice)ー修復的司法・修復的正義などと訳されている対話の方法です。
 この対話が初めて取り組まれたカナダでは、少年犯罪について、司法で裁くのではなく対話によって解決する取組からスタートしましたが、その後世界各地で、紛争解決の方法として取り入れられたりしています。
 日本では、学校でのいじめ問題の解決や、犯罪被害者・加害者、両者の救済の方法としても取り組まれていますが、その対話によって高齢者の虐待問題の解決につなげていきたいと、県立大学の梅崎先生が取り組まれています。

 もちろん、問題解決の対話については、慎重に進めていかなければなりませんが、この対話を、家庭の中での諍いや地域社会の中の種々のトラブルなどの課題について実践することによって、人間関係の築き直しのきっかけになることが実践の結果分かってきています。
 それを地域の中で一緒に取り組んでいきたいと、現在、対話のサークルキーパーを養成するための講座を、越谷市と春日部市で行っています。
 まだまだ認知度の低い、この活動を少しでも知ってもらえれば、と参加しました。

 実際に、共感して参加してくださる方がどのくらいいらっしゃるのかは分かりませんが、同じような思いで地域活動に取り組んでいる皆さんと情報交換できたことはとてもうれしいことでした。

 さて、昨日の午後は、「若者が世界を変える」というタイトルで、学校を飛び出してさまざまな活動を体験している共栄大学の学生さんの取組について、学生さんと国際経営学部の会計ファイナンスコース長、木村正彦先生の発表がありました。

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 そのお話の中で驚いたのは「ツール・ド・フランスさいたまクリテリウム」が、実は「学生政策提案フォーラムinさいたま」に共栄大学の学生が提案し、採用された、ということでした。
 世界の三大スポーツイベントとされるツール・ド・フランスを、日本で、しかもいかに政令市といえども一地方都市で開催? できっこないと思われそうなこの提案を、いかにしてさいたま市は採用し、成功にこぎつけたのか−。
 疑問に思って質疑・応答の時間にお訪ねしたところ、
「行政・議会・市民、みんなの意識の問題でしょう」
 との耳の痛いお言葉がかえってきました。「できっこない」とあきらめずに、どうやったら実現できるのか、という意識で取り組んでいく、そういう覚悟とバックアップ態勢があってこそ、若者の感性を生かしていけるのだと納得しました。
 ひるがえって、春日部市の「学生による政策提言」はどうでしょう。
 これは行政や議会だけでなく、市民力の問題でもあるのだと、思っています。
posted by ふくろう at 20:19| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月28日

神様の仕事に脱帽

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 玄関先の隅っこに、小鳥が植えていってくれた南天の葉が一枚、紅葉していました。
 今年は、桜も欅も、満天星も、なんだか紅葉仕切らないうちにハラハラと散っているような、ちょっともの足りない秋でした。庭のいろは紅葉もまだ紅葉していません。それだけに、(写真ではそれほどでもありませんが)、この一枚の葉っぱに息をのむ思いがしました。

 先週の体験です。
 検診でひっかかり、大腸癌検査をするように指示がありました。
 検査そのものは、感激的でした。団地内に新しくできた病院の若い爽やかな消化器外科の担当医の、ユーモアあふれる声かけを聞きながら、カメラのいく先々の自分の大腸を見て、感動! こんなに神秘的なシーンはめったにみることができません。そして、綺麗なピンク色をしていてヒダヒダのある大腸に、たくさんの血管がはりめぐされていて、よくもまあ、67年間も働いてくれたものだと、感謝したいほどの気持ちでした。
 お医者さんによれば、「まだ若いからね」とのことですが、検査対象の中では若い部類に入るのでしょうか。
 私、ちっとも腹黒くないじゃん! あ、腹部には大腸以外の臓器もあるんでしたね。

 昔、「ミクロの決死隊」という映画を見たときの感動を思い出しました。SFの世界かと思ったら、今は内視鏡という決死隊が、もう自分の体の中を見せてくれる時代なのだと、改めて感服です。

 神様って、とっても精巧な仕事をしてくださるのですね。改めて、体を労らなければ、と思ったものです。

 しかし、しかし−、のど元過ぎれば−。大量の下剤で強制的に大腸を洗い、その後、ちっちゃなちっちゃなポリープをとったので、絶食プラス点滴。
 当然、体力が落ちているはずなのに、自分の体力を過信して、退院直後の午後から仕事に追われていたため、どうもそのつけが回ってきています。

 月曜日を過ぎたら一段落なので、しばらく養生しつつ過ごさなければ、と思っています。
posted by ふくろう at 16:45| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月02日

発達障害とされる人たちは、世の中の歪みをしらせてくれているのかも

 昨日は、「NPO法人越谷らるご」の講演会、「小児科医から見た不登校・ひきこもり」「に参加しました。
 お話下さったのは、福井県こども療育センターの小児科医坂後恒久さんです。

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 正直、坂後さんの講演の中心であった「理解を深め、支援をすすめる自閉スペクトラム」と題する発達障害に関する専門的なお話については、もっともっと資料を読み込んで、消化しなければ、と思っていますが、冒頭、
「発達障害、とされる子どもたちは、実はとても繊細で、繊細さ故に世の中の歪みなどを敏感にキャッチしているのでは」
 とおっしゃったことが心に残りました。
 発達障害とされる人たちだけでなく、知的障害、あるいは精神障害とされる人々と接していると、言葉で言いくるめてもこちらの感情を見透かされている、と感じることがよくあります。
 不登校やひきこもりとなった子どもや若者たちは何故に身動きできなくなっているのか、その原因を一緒に考えるとともに、そのような人たちが安心して、この世の中は安全なんだと感じていけるために、どうしたらいいのか、考えていきたいと思っています。

 フリースクールや生きづらさを抱えている若者の居場所、家庭で暮らすことが困難な15歳から20歳までの子どもの自立をサポートする「自立援助ホーム」などを運営したきた越谷らるごは、この旅埼玉県の「ひきこもり相談サポートセンター」の運営の委託を受けることになりました。
 詳しくはhttp://k-largo.org/をご覧ください。
posted by ふくろう at 19:30| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月21日

一気にタイムスリップ

 秋田の兄から電話があり、しばらく無人になっていた実家をそろそろ取り壊すことになったとのこと。そこで、父の蔵書の処分について、学術的なものは教え子の皆さんが整理して下さるとのことですが、それ以外でほしいものがあったら送る、とのこと。
 と言われても、どんな本があったのか記憶はほとんどありません。思い出したのが、平凡社の「月刊太陽」のバックナンバーが揃っていたはず、ということ。「だいぶ傷んでるかも知れない」とのことでしたが、読めるものだけでももう一度読んでみたいと頼みました。

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 揃っていたのは1966年の創刊号から、1981年の227まで、休刊になるまで400号以上出ていたはずですが、最後の年号を見ると、父が退職し、気力もなくなって購読をやめたように思われます。
 テーブルに並べて、ちょっと後悔。これだけの雑誌をどこに並べればいいの!

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 昨年の第一次断舎利で書類を片付け、孫たちのおもちゃ置き場になったいたところを片付けると、なんとか収まりました。
 興味・関心のある方、いつでもいらしてください。「カフェ太陽」でお待ちします。

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 もう一つ。愛蔵版の漱石全集もあったら、と言ったところ一緒に送ってくれました。漱石全集が出るたびに買い求めていた父が、最後に購入したもののはずで、1965年発行とありました。さすがに昔の本作りはていねいで(もっとも愛蔵版と銘打っているのですから当然ですが)、表紙もセロファンで包み、箱もセロファンで包んでいるため、50年の年月を感じさせないほどきれいです。
 昨年たたんだ会社の書類を整理し、唯一のガラス戸付きの本箱に収めました。ついでに、両親と働く母の代わりに面倒をみてくれた祖母の遺影も本の前に置いて、なんだか実家で過ごした日々が甦ってきました。



posted by ふくろう at 10:32| 埼玉 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月19日

出会いと交流も、わらじの会大バザー 階間見える? 大バザー

 昨日は、わらじの会、年間3大イベントの一つ、大バザーでした。年1回の開催で、今年度が38回目、ということは、私たち初期からのメンバーも、確実に38歳年齢を重ねているわけです。
 でも大丈夫、二世メンバーももう中年世代、そして若い職員さんもボランティアさんも昔に比べて格段に増えています。
 私などはほんの少ししかお手伝いできていませんが、皆さんのがんばりに敬意を表して報告を。

 バザー前日。

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 2か月ほど前から、皆さんの善意で寄せられた献品を集め、仕分けして値付けし、ダンボールに納めて各活動の場に保管する、という作業をしてきたのですが、前日はその運び出し。バケツリレー方式で、総動員した会のワゴン車や軽トラックに積み込み、会場の武里団地の近隣公園に運ぶ、という作業が延々と続きます。
 会場では売り場の設営も進められています。あいにくの曇り空。雨が降りませんようにと、祈るような思いで、雨が降っても大丈夫なように、品物の入ったダンボールを台の上に並べられたコンパネの上に積んでいく作業も進んでいきます。

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 くらしセンターの食堂では、準備作業をしている人たちの昼食、100食のおにぎりも次々とできていきます。

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 何が何でも当日は晴らす! わらじの会のジンクス通り、晴れ上がった朝8時から、各売り場の本格的な売り場つくりが始まります。
 泊まり込みで荷物の番人をしてくださった若手メンバーさん、お疲れさま! 今年は夜通し、どんな交流が生まれたでしょうか。

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 バザー開始からすでに3時間近く、まだまだ客足は途切れません。
 私の持ち場は「高級衣料」。少しでも多くの方にお買い上げいただきたいと、今年は例年よりも低めの値段設定をしました。いつもだったら3000円、5000円という値もついた、高級なウールのコートやダウンコートも、2000円止まりです。高級品は虫に食われやすく、保管がむずかしいため、折角献品いただいた志を無駄にしてしまうのは申し訳ないー、という思いもあります。

 それでも、いつもの年よりもお客さんが少ないような気がしました。団地の高齢化も影響しているのでしょうか。若向きの品があまり売れませんでした。

 結果的には昨年以上の売上があったようですが、残った衣類などは大池通りのリサイクルショップで販売されます。是非是非、バザーにお越しいただけなかった方はご利用のほど、お願い申し上げます。


posted by ふくろう at 17:04| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月16日

第1保育所の解体工事がはじまりました

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 4人の子どもたちが育った保育所です。
 武里団地ができてすぐに開設された保育所なので、もう築50年近くになるのでしょうか。この保育所は3歳以上児だけの保育所だったので、その後3歳未満児を受け入れる第2保育所ができ、4人の子どもたちを預けに第2、第1合わせて16年通いました。末っ子がすでに30歳−。

 この16年間で、さまざまな人とのつながりが生まれました。子どもたちもこの保育所、そしてその後の学童保育所の中で、たくさんの友だちや、自分の親以外の自分を見守ってくれるたくさんの大人たちの中で育ったように思います。

 老朽化に伴う建てかえで、旧第2保育所の敷地に第1・第2保育所を統合して新たな保育所が誕生し、第1保育所はその役目を終え、解体となったのです。

 私の議員としての終盤にこの建て替え問題が起こり、不要となった第1保育所の建物は是非、武里地区の親子の集う、子育て支援の場として有効活用を、と求めてきましたが、ここの敷地は団地のオーナーであるUR(土都市再生機構)から、保育所用地として無償で貸与されているため、目的外の使用はできない、と言われました。
 でも−、高齢化が進む武里団地。耐震診断の結果、住み替えが進められて空き住居が増え、その後新規の入居募集が再開しました。老朽化が進む団地ですが、子育て支援が充実していれば、リノベーションを待つだけでなく、若い世代の入居も増えるのではないかと思います。
 それだけでなく、子どもたちをとりまくさまざまな問題に、地域ぐるみで取り組むことが求められている今だからこそ、子育て世代が集い、お互いに情報交換しながら、自分たちに必要な子育て支援を進めていくコアとなる可能性も秘めていると思うのです。
 行政がなんでもかんでも担うのではなく、地域のさまざまな人たちが関わってそのようなネットワークをつくっていくためには場が必要なのに−。
 進む解体工事をみるたびに、なんだか無念な気持ちになります。
posted by ふくろう at 11:53| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月11日

がんばれ青虫君 がんばれ!青虫君!

 10月6日、郵便受けの裏に、揚羽の幼虫を発見しました。こんなに秋が深まる季節に?しかも、体長2センチほどの丸々太ってはいるけれど、小さな小さな青虫君です。

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 翌日の7日には体を丸めはじめました。

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 さらに翌8日、強い風にも負けず、壁にしっかりくっついています。お尻から糸を出し始めているのでしょうか。体は蛹になる準備か、ますます小さくなっています。

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 そして本日の朝、体が小さく、小さくなり、頭をグンとそらしています。色も徐々に茶色になってきました。

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 夕方帰宅して様子を見ると、もう蛹ですね。糸を見ていただきたかったので、拡大しましたが、本当に小さくなっています。
 
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 それにしても、寒さに向かうこの季節、羽化には2〜3週間かかるようですが、蝶になったあとが少し心配です。

 
posted by ふくろう at 18:08| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月04日

1奧総活躍という前に、活躍したくても身動きでず立ちすくんでいる人たちの支援を

 最近、face bookへの投稿ばかりで、ブログの書き込みが滞っていて、ときどき「最近更新してないの?」とのお声掛けをいただきます。ごめんなさい。なぜか、ブログとface bookの情報共有はうまくいかなくなってしまっています。

 で、本日は、FBのちょっと前の書き込みを。

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 9月の最終日の落日は、すっかり秋のものに変わった雲を茜色に染めています。
 このところ、「自立援助ホーム」の若者たち・巣立っていった若者たちや、「生活困窮者」と言われる人たちの支援の問題点、といったとてもとても重い問題と向き合うことが続きました。
 国の舵取りをしている人は「1億総活躍時代」というアドバルーンを、高々と掲げました。
 活躍したくても身動きできない人たちがこれだけいる現状の中で、どうやってすべての国民が活躍する時代をつくろうとしているのでしょうか。具体的な道筋を示してください。
 政治の役割は弱い立場の人たちを救い、支えること、と教えられてきました。
 しかし、いつしか、税収が上がらなければ福祉は充実できない、と言われるようになりました。そうやって進めてきた経済政策が格差を広げ、「自己責任論」が横行する中で、もがいてももがいてもはばたけない人たちが増えています。
 株価を上げることに血道を上げても、決して多くの国民の暮らしがよくなるわけではないことを、今こそきちんと見直してほしいと思うのです。
 隣人が辛い思いをしたり、苦しい状況を抱えたりしている中で、自分だけが幸せだと思えない、そんな社会を求めることはできないのでしょうか。
 
posted by ふくろう at 17:39| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月15日

4万人以上の人波の中で考えたこと

 昨夜の国会前行動。
 いつものように、一駅前の霞ヶ関から国会前に向かいました。

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 国会前交差点は、6時前だというのに異常な光景が広がっていました。歩道の脇にはびっしりと機動隊員が並び、信号が青に変わって少したつと「渡った先にたくさんの人がいて危ないので、渡らないでください」と信号を渡る人を規制しています。国会前の道路の歩道は、すでにたくさんの人で埋まっているようです。
 ようやく信号を越えて、人の波に加わって少しずつ正門前に進むと、歩道の脇には8月30日とは比べものにならないほど頑丈なバリケードが、ロープでしっかりくくられて並んでいます。これ以上人が増えたら危険、それ故の横断規制なのでしょうか。だったらバリケードを撤去すればいいだけのことのように思います。
 自分たちのこれからを左右する重要な法律が強行採決されるかも知れない、という危機感で異議申し立てを行うために来ている人たちの行動の自由をなんの権利で縛るのか。公共のために、というけれど、参加者から口々に、「もう車はほとんど通っていないじゃないか」、「バリケードを開けろ」と抗議の声が飛び交います。6時半の集会がはじまるころには、車道の両側にびっしりと装甲車が並びはじめました。
 「なんのために、誰を守ろうとしているの?」目の前の機動隊員の方々に聞いても、もちろんノーコメントです。「危ないですから押さないで」を繰り返すばかりですが、人がたくさん集まって飽和状態になったら押されるのは当然です。

 朝のニュースの一場面が頭をよぎります。ヨーロッパで、難民受け容れの拡大に対して賛否各々を表明する人々のデモの列は、車道いっぱいに広がって動いていました。なぜ日本ではデモの動きを規制しようとするのか。

 やがて、危険を感じた人々の手によってバリケードは横倒しになり、どっと車道に人々が流れていきました。止めるのはかえって危ないと判断したのでしょうか。拘束された人が1人もいなかったのは(今のところその情報は流れていません)幸いでした。

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 たくさんののぼりやプラカード、そしてペンライトなどの光の輪と、思い思いのシュプレヒコールが交錯する向こうに聳える国会議事堂の中では、有権者1人ひとりの投票によって選ばれた「私たちの代表」とされる人たちは、どんな思いでこの法案の審議に当たっていることでしょう。
 昨日の特別委員会の審議を見ていて、なんともやりきれない思いがしました。
 大野議員のPKO法改正案に対する質疑については、防衛大臣も外務大臣もまともに正面から受け止めた答弁をすることはありませんでした。「何のために法律改訂が必要なのか」それすらまともに説明できない法案を、なぜ提案するのでしょう。
 それにもまして驚いたのは、「米軍等の武器等の防護」についての運用については、法律が成立した後に決めるという答弁が飛び出したこと。法律さえ通してくれれば、あとはこちらが総合的な判断で運用するからね、とうのでは、なんのための国会審議なのでしょう。
 与党の国会議員の皆さんも、立法の府である国会の議員という自らの存在意義がこれほど軽んじられいることを、しっかり受け止めてほしいものです。

 「誰が議員になっても同じ」という有権者の気持ちには根強いものがあります。本来であれば立法府が法律をつくり、行政はそれを忠実に執行する立場であるはずなのに、いつまでも政府・内閣が物事を決めるために議会はそれを追認する存在に成り下がっている、これは地方議会に身をおいた者として、信じられない現実であり、突き崩せない壁でもありました。

 だからこそ、この法案の行方の先に、私たちは本来の「主権在民」という民主主義の基本を実現していくための戦いの必要性をみつめて行動しつづけなければならない、切実に感じた夜でした。

posted by ふくろう at 13:55| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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