2014年07月07日

本気で5アンペア生活をしている斉藤さんの爽やかなお話で一息ついて

 7月4日(金)に行われた、厚労省の子宮頸がんワクチン副反応検討部会を傍聴して、虚脱感に襲われています。いずれ報告をまとめたいと思っていますが、さまざまな思いがぐるぐる回っています。

 そして昨日の「2014年ワクチントーク全国集会」、「子宮頸がんワクチンからみえた予防接種の問題点」。ずっと予防接種について疑問を持ち、学んできましたが、もう50年以上ワクチンとかかわってこられた母里啓子さんがこの集会で語られていたように、「50年のうち、今が最悪」という状況にどうして至ってしまったのか、心にズシリと重いものがはびこっています。
 この集会についても、併せて後ほど気持ちの整理をつけてまとめたいと思っています。

 梅雨の中休みのように、一昨日の5日は、朝日新聞の記者をされていて、紙面でも自らの「5アンペア生活」を紹介している斎藤健一郎さんの、「本気で5アンペア生活」のお話を伺ってきました。

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 この写真は、さらに進化して、太陽光パネルで発電した電気を蓄電機で貯める装置を完成させ、自らの肩書きを「独立型太陽光自家発電所『健康第一電力』所長とした、とうれしそうに語った斎藤さんです。

 5アンペア生活を思い立ったのは、3.11当時郡山支局で原発事故とその後の福島を体験したのち、東京に戻ってきたときのことだったそうです。
 節電が謳われてきたはずの東京の夜は、ネオンが煌々と光っていたことに違和感を覚え、そして携帯電話の充電をするたびに、福島第一原発の電気は福島の人たちではなく、東京を中心とする関東で使っていたことに思い至ったとき、電気を使わずに暮らすこと、と決意したとのこと。

 5アンペア契約をするということは、ほとんどの家電製品を使えないということです。それを「楽しく」と軽やかに実践していく過程に爽やかさを覚えました。
 便利に、快適にと家電に頼る暮らしではなく、工夫して自らの手で暮らしをつくっていくこと、そしてそれを実現していく充実感が伝わってくるよいお話でした。

 私も同じ思いをしながらも中途半端に終わっていることを反省し、やれることはまだまだある、と改めて考えた1日でした。
 関心のある方は是非、コモンズ社から出ている「本気で5アンペア生活」をご一読ください。
posted by ふくろう at 20:09| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月26日

外から鍵をかけられる暮らしではなく、自分で鍵をかける自由を

 昨日までの荒れた空模様が嘘のように晴れ上がった今日、日比谷野外音楽堂に、全国から大勢の人が詰めかけました。
 「生活するのは普通の場所がいいSTOP! 精神科病棟転換型居住系施設!!」6.26緊急集会です。

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 最終的には3200人の人たちが集まったとか。

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 「わらじの会」をはじめ、埼玉の障害者市民ネットワークの仲間も大勢参加しました。

 今まで、精神科病棟には、1年に止まらず、10年間、あるいは30年以上も入院させられている人々がいることが大きな社会問題となっていました。
 私が子どものころ、家の近くには当時「脳病院」と言われていた精神病院があり、鉄格子のはまった窓から通りかかる人に手を振って、助けを求める入院患者さんの姿を目にするのは,辛いものでした。そして病院のある我が街「牛島」は、中学に入ると他の地区の小学校からきた同級生たちからからかいの対象だったことも忘れられない記憶です。

 そんな偏見は薄まってきたのでしょうか。閉鎖病棟から開放病棟へという動きも加速してきました。しかし、未だに7万人以上の人たちが、10年以上の入院生活を送っているという現実もあります。
 現在、厚生労働省は、もう入院加療の必要はないのに、地域に受け皿がないがために入院を余儀なくされている人たちが地域で暮らすことができるようにする、という方向性を打ち出しています。それは歓迎すべきことですが、その施策を検討する「長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策に係る検討会」の中で、それまでの入院患者が地域生活に移行することで余ってくる病棟を、居住施設に転換する「病棟転換型居住施設」構想というものが浮上してきたのです。

 病院の敷地内に移動するだけのこの施策が、地域移行といえないのは明らかです。
 今までも、退院後、自立のための準備を進める施設を経て、ふつうのアパートで暮らしはじめている精神障害の方は少なくないのですから、わざわざ病棟を居住施設に改装しなくても、その財源を地域生活適応のための支援施策に回せばいいではないか、こんな当たり前の声が施策に反映されないのは、検討会の25人のメンバーのうち、障害当事者がたった2人しか加わっていないからではないか、との指摘があります。
 原発事故子ども・被災者支援法の基本計画策定のときに、当事者の参加が保証されていないのと同じ構図がここにもあります。

 次から次に放たれる、疑問だらけの施策のどれもが、当事者の人権を配慮しないやりかた、という同じ根っこから生まれているようです。

  日本が今年の1月に批准した障害者権利条約の中では「障害者が、他の者との平等を起訴として、居住地を選択し、及びどこで誰と生活するかを選択する機会を有する事並びに特定の生活施設で生活する義務を負わないこと」と明記されています。
 病棟転換型居住施設は、この条文に明らかに反するものであり、障害をもつ人の人権を著しく侵害する施策である、ということを検討会の委員に理解してもらう緊急アピールが、満場一致で賛同され、厚生労働省に届けられました。

 集まった人々の中で、若い世代の介助者・支援者の姿が多いのはうれしく思いました。

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 社会的に暮らす困難を抱えて入る人たちを支援する「ホット、ポット」の代表藤田さんとのツーショットです。藤田さんもまた、行動し、発言する若い世代のホープです。
 壇上で挨拶した政治家のお一人が「精神障害を持つ人たちが地域で暮らすための環境を整えなければ」と言っていましたが、環境を整えるのを待っていてはいつまで待たされるのか分かりません。すでに、地域で暮らしたいという人々を支える人たちが試行錯誤し、行動している、そこから環境が整っていく、これまでの障害者の運動がそうであったように、行動することで社会が変わっていくのだと思った1日でした。
posted by ふくろう at 19:50| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月25日

全国政策研究集会、今年の会場は我孫子市です

 梅雨が開けると本格的な夏がやってきますね。
 
 「自治体議員政策情報センター 虹とみどり」では、毎年8月に「全国政策研究集会」を開催しています。今年は8日(金)、9日(土)の両日、千葉県我孫子市の中央学院大学を会場にして行われます。

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 不鮮明なので、関心のある方は是非、web siteをご覧ください。
 http://midorinotable.sakura.ne.jp/jouhou/

 内容は、1日目は、
☆鼎談 「新たな地域づくりと市民合意」をテーマに、若手改革派市長として注目の、熊谷俊人・千葉市長、稲村和美・尼崎市長、そして福嶋浩彦・元我孫子市長(中央学院大学教授)の豪華メンバーで展開されます。
☆講演 「放射能ホットスポットにおける市民自治」がテーマで、現場をよく知る大石光伸・常総生協副理事長、木本さゆり・放射能から子どもを守ろう関東ネット共同代表のお二人のお話を伺います。

☆分科会 夕方16時40分からは分科会になります。
T−1 未来にツケを回さない公共施設再生
T−2 放射能汚染から子どもたちを守る
T−3 「首長の権限強化」で教育委員会制度はどう変わる

 2日目の午前中も分科会です。
U−1 地域で安心して暮らし続けるまちへ
U−2 地域でつくる子育て支援
U−3 議会基本条例で問われるもの

 いずれの分科会も、今、地方自治体にとって最重要課題のテーマになっています。
 参加された全国から集まる自治体議員・市民の皆さんとの情報交換も,有意義な時間となります。関東地域の皆さん、是非ご参加ください。
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2014年06月21日

ういう事態を引き起こしてしまった世代として、今何をしなければいけないかということを、しっかりと見極めさせていただいた「原発事故子ども・被害者支援法」 制定2年 記念集会

 昨日は、参議院議員会館で開かれた「『原発事故子ども・被災者支援法』制定から2年 記念集会」に参加しました。

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 主催者は「原発事故子ども・被災者支援法 市民会議」です。後援している支援法推自治体議員連盟のメンバーの多くは6月議会中のということで、昨日はほとんど出席できない状況ですが、遠く北海道や西日本に避難されている方も含めた当事者の方々の参加で、101会議室はたくさんの顔ぶれが揃いました。

 この支援法は、たくさんの被災当事者のヒアリングを経て、さらに支援に当たっている法律家の集まり「サフランの会」のメンバーが加わって超党派の議員立法で成立しただけに、「事故の被害を受けた全ての人が、避難、居住、帰還といった選択を、自らの意思によって決定できるよう、国が責任をもって支援しなければならない」としています。
 しかし支援法制定から2年を経過してもまだ、具体的な支援策が整っていないのが現状です。

 しかし、パネルディスカッションで、福島から神奈川に避難されている坂本さんは、
「被害当事者が、事実を見て、どう動いていくか。被害者の声をどうすくいとっていくか。そのためにネットワークを広げ、つないでいきたい」
 同じく札幌に避難されている中手さんは、
「支援法は骨のようなもの、宝物。こんな事故を起こしてしまった責任をどう果たしていくかという想いを支援法を動かして行く原動力のひとつにしたい。支援法という一歩は、私たちが人間としてそういう権利をもっているのか突きつけられた。必ず自分他qちが人間らしく生きられる権利を獲得するぞ、という思いを貫くことで、どこまで自分たちが主権者たり得るかが問われている」
 とそれぞれ力強く、発言されました。

 放射能からこどもを守ろう関東ネットの大本さんは、
「一部の人間の問題としないで、みんなで動かしていきたい」と。

 それに比べて、子ども支援法制定時に中心的役割を果たしながら、昨年の参議院選挙で落選した前議員の、
「今国会の中で、当事者やこの支援法制定に尽力した人たちと距離感がある状況になった現状を、主権者の皆さんに問いたい」的な発言はどうかと思いました。
 参議院選挙の中で、どうにかして原発事故の収束や脱原発に力を尽くす議員を送るための受け皿を用意できなかった政治勢力の責任も真摯に受け止めるのが、政治に携わるものの責任と思ってしまうのです。

 国会の中の子ども被災者支援議員連盟の事務局長をしている川田龍平議員からは、支援法代13条に基づき、健康被害に特化した新たな法律を作るために動きが、素案をまとめる段階まできているとの報告がありました。

 また、「移り住む権利の保障」と題する岐阜県環境医学研究所所長の松井英介さんからは、
「IRCPは、人間の躯は均一である、という前提にたって、安全かどうかの基準を定めようとしている。しかし、内部被曝と言う面では、細胞核内の環境や、セシウム以外のストロンチウム、プルトニウムといった各種の違いなど、考えなければいけないことが多々ある」と指摘されました。

 事故から3年以上たったこういう事態を引き起こしてしまった世代として、今何をしなければいけないかということを、しっかりと見極めさせていただいた集会でした。
 
 こういった運動を常に支えてくださっている皆さんに感謝、です。

 

 

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2014年06月19日

子宮頸がんワクチン問題、多くの方に関心をもっていただけるよう、動きます

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 昨日は、「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会埼玉支部」で、県庁記者クラブの記者会見に同行しました。

 埼玉支部の立ち上げの目的が、被害者の方々がより身近なところで連携をとって情報交換などが深まるようにということとともに、被害状況を多くの方に知っていただいて、もしかして子宮頸がんワクチンの副反応とは気がつかずに体調不良に悩んでいる方々からコンタクトをとってもらえるように、ということなので、多くのマスコミで報道していただけるとうれしいのですが。

 会見には、ご家族3人とともに被害を受けたお嬢さん二人も出席しました。
 お一人は昨年は車椅子を使わなければならない状態だったのが少し改善し、ちょっとの距離は杖をついて歩いているものの、正坐をしたあとで急に立った時に足が痺れたような状態で力が入らないとのこと。握力がまったくなくなって鉛筆も握れず、大学受験は一度はチャレンジしたものの不合格となったとのこと。もう一度チャレンジできるかどうか、全く見通しが立たないので、自分の将来を考えられず、いつになったら普通の生活が送れるようになるのか希望がもてないのはさぞ辛いことでしょう。
 医療費は昨年150万円かかったけれど、税金の医療控除だけで、一切の支援は得られていません。治療も現在はどの患者さんも試験的な治療だがほとんどで、一刻も早い原因究明と治療法の確立がまたれています。

 双子のお嬢さんが二人とも被害に遭われたご家庭では、お一人は心臓に症状が出て、お一人は強い疼痛、現在は目にその痛みが起こっているとのこと。
 今日は参加されなかったお嬢さんのお母さんは、電動車椅子になってしまって学校に通学できないので、学校に通学出来る場所にもう一軒家を構えて2重生活をつづけていらっしゃるとのこと。それでも、雨が降ったら学校にいくのが大変と話していました。電動車椅子は50万円以上しますが、これにも補助はありません。

 昨夕は、NHKの首都圏ネットワークで、ていねいな放映をしてくださいました。
 我が家で購読している東京新聞でも、立ちあがった当事者やご家族の皆さんの思いをうまくまとめてくださっていました。
 他の新聞をチェック、と思ったのですが、あいにく本日は近所の図書館が休館日。明日目を通してみようと思います。

 次は6月28日の学習会です。是非多くの方のご参加、お待ちいたしております。

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2014年06月17日

学校中に「本を読むって楽しいね」という雰囲気が漂っている三郷市立前谷小学校

 先週の12日(木)は「学校図書館を考える会・春日部」の有志で、三郷市立前谷小学校を訪問しました。
 「日本一の読書のまち三郷」が三郷市のキャッチフレーズです。それだけに、学校での読書活動にも力を入れています。
 伺った前谷小学校では、平成15年度から特色ある学校づくりとして読書活動に取り組んでいるとのことで、もう10年もの実績があります。

・本が読みたくなる読書環境の整備
・学力向上に結びつける読書指導
・読書力をつける読書活動
・家庭や地域との連携を進める家読推進
 などを目標として掲げ、さまざまな工夫や配慮が可能になっているのも、図書館司書が配置されているからでしょうか。

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 「明るく親しみやすい図書館」を目指して、十進分類法にのっとりながら、きめ細かい分類で配架されただけでなく、子どもたちの心をとらえるキャッチの表示、そして楽しい飾り付けが施された図書館は、休み時間には大勢の子どもたちの姿がありました。

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 梅雨の季節は雨が多い、ということで特集は雨の本。外遊びができずに図書館を訪れる子どもたちのハートをぐっと捕らえる展示です。

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 4年生の子どもたちがそれぞれ、自分のオススメの本を展示する「ミニビブリオバトル」のコーナー。本が少ないのは貸し出されているからとのことで、人気を集めているのが分かります。

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 奥行きの深い本棚には、本の背後に牛乳パックを利用したかませを置いて、本の背が揃う工夫を。

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 買うとそれなりの値段の本立ては手作り。

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 やはり高価な本棚。節約のためカラーボックスを利用した本の収納は、低学年の子にも引き出しやすいという効果もあるとのこと。

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 借りたい本があったときにすぐ借りることができるよう、貸し出しカードはクラス別にカウンター横に並べられています。

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 こんなさまざまな工夫は、ボランティアさんの協力があってのこと。この日は課題図書の展示の掲示に工夫を凝らしていました。

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 図書館に続く廊下には、古い机をリサイクルした可愛いベンチが。これも手作りです。

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 各階の踊り場にも、読書に関する掲示が。

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 使われていない入口を利用した、外国の絵本(原書)の紹介コーナーです。

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 図書室までいかなくても本が読めたり借りられたりできるよう、各クラスの前には「おすすめ本」の移動式のミニ本棚が。

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 授業中必要になるとすぐ調べられるよう、辞書や図鑑も学年ごとの廊下の前に置いてあります。また、調べ学習を自分でできるようにするために、図書館には図鑑類が2人に1冊揃っていました。

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 学校だけでなく、読書が各家庭に広がるよう、お子さんから親御さんへ、自分の読んだ本の紹介をする手紙が貼り出されていました。
 
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 そして極めつけはこの「ブックバッグ」です。6年生が家庭科の時間に手作りし、4月に新入生にプレゼントするのだとのこと。

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 読み聞かせの部屋は、落ち着いた和室です。

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 少人数の読み聞かせは図書室の一画で。しかし、背景に並んだ本で気が散らないよう、黒いカーテンの目隠しがあります。このアイディアは、カーテンをひいている福田先生。前谷小学校の読書教育と図書館の充実に尽力された福田先生は、現在、教育委員会として、「読書のまち三郷」の施策の牽引役です。

 こんな学校で過ごしたら「本を読むって楽しいよ」と思う子に育つだろうと思った前谷小学校でした。



 


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2014年06月10日

手応えを感じた、子宮頸がんワクチン被害国会ローラー作戦

 昨日は、薬害対策弁護士連絡会の皆さん、そして子宮頸がんワクチン被害当事者のご家族の皆さんとともに、国会議員の方々に「子宮頸がんワクチン被害」について理解を深めていただこうと、議員会館の各議員の部屋を訪問するローラー作戦に参加しました。

 現在接種勧奨中のこのワクチン接種ですが、厚労省の審議会は、接種後に発声している広範な疼痛や運動障害などは、ワクチン接種の刺激や不安によって引き起こされた「心身の反応」という結論の元に、勧奨を再開しようとする検討が進められています。
 そこで、今年の3月からの聞き取り調査をもとにまとめた「副反応被害報告書」を呼んでいただき、拙速に勧奨再開に踏み切らないようお願いに回ったものです。

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 各階を周りながら、噂の「国会議事堂が一望に見える」景色を眺めてつかの間の休憩。桂宮様のご逝去を悼む半旗が掲げられています。

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 私は「被害者連絡会埼玉支部」代表のご夫妻と一緒でしたが、お若いご両親の切々とした訴えは、かなりの秘書さんの心を打ったように思いました。
 中にはよくこの件をご存知で、「議員も現在、いろいろ調査しています」というお返事もいただいたりして、党派を超えて取組みが進んできているという感触も得ることができました。
 会期中のお忙しい中でしたけれども、話を聞いて下さった秘書の皆さんには、心から感謝申し上げます。
 朝から夕方まで、議員会館の中を歩いたことが身を結びますようにと祈るばかりです。

 それにしても一番大変だったのが、議員会館の受付で面会を取り付けることでした。
 参議院は一度に10名の議員さんまで、衆議院は人数制限はありませんでしたが、お一人おひとりの面会票に、面会者の住所氏名・所属団体・職業などを書き込まなくてはならないのです。
 面会者一名もしくは1団体ごとに、訪問先の議員を10名は書き込める面会票を用意してくださったら、と思わずにはいられませんでした。

 国会周辺は、梅雨の中休みといったお天気だったのに、春日部に帰ってみると豪雨だったようで、道路冠水15箇所、うち7箇所で一時通行止めになったとのこと。対応に当たられた職員や地元の皆様、本当にご苦労様でした。
 

posted by ふくろう at 19:00| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月08日

さまざまな人との関わりがあっての地域

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 梅雨時のシトシト雨の印象とはちがって、いきなり土砂降りではじまった、今年の梅雨入りです。土砂崩れなどの被害に遭われた地域ほどではありませんが、市内でも道路冠水の情報が流れてきましたが、今日はときどき晴れ間も見え、ちょっと一息つけるといいのですが−。
 雨が似合う紫陽花の花が、どこへ行っても目につきます。今年はピンク系の花が視界に飛び込んでくることが多いのは気のせいでしょうか。
 我が家の紫陽花は今年は一休みのようで、ポツポツ蕾が膨らみ初めてきたていどなので、写真はご近所さんの清楚な白の紫陽花です。

 昨日は、午前の部、午後の部、夜と三連チャン。

 午前中は、「市民活動を応援する会」が毎月1回設けている「ウィークエンドブランチ」に参加しました。何しろ、春日部に住む素敵な方を知ることができる機会なので、できるだけ予定があえば参加するようにしています。

 23回目の今回は「農業なんて、全然知らなかったのよ!」と題して、庄和地域で無農薬のお米や野菜づくりをされている女性お二人のお話でした。
 結婚して初めて農業に携わったというお二人、除草剤をまくとあっというまに雑草が消えることの不安、化学肥料を使うとあっという間にどんどん野菜が育ってしまうことへの疑問。これは農家で育たなかった、外部の目だからの気づきでしょうか。
 
 子どもを育てる中で、仲間たちと学び合い、子どもたちを健康に育てるためには、環境が大事、水は土に染み込み、空気もまた人間だけでなく草木も吸い込んで、みんな循環しあいながら環境ができる、と実感して化学肥料や農薬を使わない農業を実践するためには、まず健康な土をつくることにいきあたったとのことです。
 そして土に染みこむ水を、分解しない化学物質で汚さないための「EM石鹸づくり」と、次々に活動は広がり、人との関わりも広がっていったとのことでした。
 「兼業農家だからできたんでしょうけれど」とおっしゃっていましたが、農業のプロである親世代と摩擦をおこさずに実践したきたのはきっと、お二人のお人柄だったのではないでしょうか。

 除草剤を使わない田んぼの草取りは合鴨との共働作業です。地域の小・中学生もお二方の田んぼで合鴨農法の体験をしています。
 またEM石鹸は、学校の手洗いだけでなく、トイレやプールの掃除でも大活躍しているとのこと。
 地域の中でしっかり根を下ろして実践しているお二方の爽やかさに、学ばせていただきました。

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 これも我が家の近くにある馬頭観音さんです。よく見る馬頭観音さんは、雨風にさらされた自然石のようなものが多いのですが、この馬頭観音さんは新しい。どんな方々が大切に守り続けているのか、気になりますね。

 午後は、ケアシステムわら細工の全体集会に参加しました。
 1990年に、いろいろないきさつがあって誕生した障害を持つ人たちの生活ホームに、有料ボランティアの派遣を行うためにつくられた介助システムが「わら細工」です。
 行政からの介助人の派遣が、とても24時間介助が必要な重い障害を持つ人の自立生活を支えられるものでなかった時代の、手作りのシステムでした。

 それか24年がたち、「支援費制度」「障害者自立支援法」そして「障害者総合支援法」と制度はめまぐるしく変わりながら、「わら細工」が必要とされた個人個人の、自分なりの生活を支える制度は未だしで、制度の中の支援だけでは足りないところを補うためには、「わら細工」は存続しなければなりません。しかしながら、さまざまな議論がありながら、公的な介助を担う事業所としての「みなし事業所」という位置づけもあります。
 そして昨年度から、制度の改定によって制度の中に組みこまれることがむずかしくなった、障害を持つ人の働く場、日中活動の場と合わせて、NPO法人を立ち上げ、法人の中の一事業部門となった「わら細工」。
 いろんな矛盾を抱えながら、障害のある人の暮らしを支えるためにどうあるべきか、ぶれずに運営していくためにどうしたらいいのか、模索は続くのでしょうか。しかし、手探りのスタートから、ずっと模索し続けていたのではないでしょうか。
 私はずっと外野のスタンスなので、偉そうにはいえませんが、ケアシステムが誕生するずっと前から、すでに30年以上の関わりである仲間達と、「ぼけたときにはね」などと老後の話をするようになった今、さまざまな思いが交錯するのです。

 夜は、フリースクール「りんごの木」が運営する、自立援助ホーム「ゆらい」の運営委員会でした。
 自立援助ホームは、18歳になっても生活する基盤をもてない若者たちが、一緒に暮らし、自立に向かって準備をするためのホームです。
 開設して2年と3カ月、この間、20歳を過ぎて退所した若者が2人。そしてこれから退所するであろう若者も控えています。
 入所している若者や、退所した若者たち1人ひとりのケースを検証していると、「ゆらい」のスタッフ以外の職場の方々や医療機関の皆さんなど、多くの人たちのラッキーな関わりがあることによって、自立に向けて進んでいけると実感できます。
 
 それだけに、「ゆらい」にたどり着くまで、自分を受け入れてもらえる居場所のなかったこども時代の辛さに胸が締め付けられるような思いがします。そして「ゆらい」のような場にたどり着くことのない若者たちもきっと少なくないだろうということにも。

 地域みんなで守り育てるというけれど、なかなかむずかしい課題を突きつけられながら、やっぱり目の前にいて腕を伸ばすと手と手が触れあう範囲のところからコツコツとつきあっていくことを大切にすることからしか、進めないのだと思うのです。
 
posted by ふくろう at 18:47| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月04日

検察審査会で、多くの国民の思いにそった判断を示してくれますように

 本日は、「福島原発告訴団」の「人間の鎖」&集会に参加しました。

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 地裁前の歩道には、福島や首都圏だけでなく、関西からも九州からも、大飯原発再稼働裁判に続けと、多くの人々が集まり、地裁を囲みました。

 原発事故により被害者となってしまった多くの人々に対して、まだまだ誠実な対応はとられているとはいえません。
 なによりも不思議なのは、今まで繰り返されてきた公害事件では、加害企業は裁かれてきたのに、原発事故は加害者が未だに不存在であるかのように振る舞われたきていることです。
 「福島原発告訴」は原発事故を起こし被害を拡大した責任者たちの刑事裁判を求めておこされましたが、福島地方検察庁はなぜか東京地検に移送し、「不起訴」という不当な処分が下されました。

 そこで、検察審査会に申し立てを行って半年。
 「起訴相当」の結論を出してほしい、「強制捜査を行うように」厳正な審査を行うよう、要請行動を行い、上申書提出する代表を送り出しました。

 福島地裁のように、多くの国民の思いに沿った判断を下してくれる審査会であるようにと願っています。

 残念ながら、引き続き日比谷図書館で行われた集会には参加できませんでしたが、湯浅一郎さんの「海の汚染について」の講演は、今後が憂慮される内容だったようで、改めて資料を読んでいこうと思っています。
 今何をおいてもやらなければならないことは何か、そのことを的確に判断できる為政者がほしいと、つくづく思ってしまいます。

 
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2014年06月02日

子宮頸がんワクチン被害者連絡会埼玉支部が発足しました

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 昨日、「子宮頸がんワクチン被害者連絡会」の埼玉支部の設立総会が開かれました。
 県内の、副作用に苦しむお子さんの親御さん13人がメンバーとなって立ち上げたものです。

 総会にあたって、ご家族の方々や当事者である高校生お二人から、この3年間でだんだん症状が重くなってきている状態の報告がありました。

 このワクチン接種については、私が2011年から接種を進めることに疑問をもち、議会の中で発言し続けてきましたが、当初は「女性の敵」、「子宮頸がんで命を落とす若い女性のことを考えなのか」と、ほとんど人非人といった扱いを受けてきたことを、本当に悔しく思い返しています。

 公共広告機構のCMに代表されるように、「ガンを予防できる画期的なワクチン」という宣伝が大々的に展開されたこのワクチン、ガンの予防ではなく、子宮頸がんの原因となるヒトパピルマウイルスのうちのわずか2つないしは4つのウイルスの感染予防にすぎないこと、予防効果の持続も6年から8年程度であって、10代の少女に接種しても、20代になったら効果はないことなど、ワクチン接種の効果に対する疑問の声は上がっていましたが、その声はかき消されるほどでした。

 その後、副作用の報告があっても、「思春期独特の心因性のもの」などとされ、諸外国の報告例なども参考にされないままきてしまったことが、未だに確定診断も治療法の道筋もついていないことにつながってきています。過去に起こったワクチン禍や薬害の問題と同じ道筋を辿ってきていることに、怒りを覚えています。

 昨日の総会には、被害者家族の方々以外に、自治体議員やこの問題に関心を寄せる方々、合わせて60名近くが集まり、ともに、原因究明、被害者の救済とともに、まだまだ自分がワクチンの被害によって健康被害が起こっていることに気がついていない人たちの救済のための健康調査などを求めて活動していくことを確認しました。
 被害当事者以外の方も賛助会員となっていただけます。同じ思いの方のご参加をお待ちしております。
 
posted by ふくろう at 19:59| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月31日

当事者の方々の声が、少しずつ届きはじめてきた実感が−子宮頸がんワクチン被害

 一昨日、29日に行われた「子宮頸がんワクチン 聞いて下さい! 被害者の声」積極的勧奨再開反対集会には、関係者の方も含め、200名を超える人たちが、参議院議員会館講堂に集まりました。

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 今回うれしかったのは、国会議員の方が8名と秘書の方が9名、参加下さったことで、とくに、政府与党の議員さんの参加の参加が広がったのは今までになかったことです。

 今回は、これまでの取組・調査で分かってきたことを共有するとともに、遠く北海道などから参加下さった被害当事者の方の声を直接お聞きする、聞いていただくということが中心になりました。

 副作用被害が起こってから3年以上が経過し、未だに有効な治療法がない状態で、さまざまな症状を抑える対処療法が続き、多くの被害者の方に身体症状の悪化が見られるのは、本当に傷ましいことです。激痛・歩行困難・全身の脱力感に加え記憶障害など、本人の苦痛だけでなく、社会生活を不可能にする状態に対して、一刻も早い治療が行われることを願わずにはいられません。

 今回の集会の中で、海外の研究者との意見交換の中で、繊維筋痛症学会が積極的に調査を開始し、治療法を探っていることは一筋の光明でした。
 フランス議会では、この問題を巡って広聴会も開催されるということで、今まで「外国では問題となっていない」と主張してきた厚生労働省の接種継続の根拠の一角が崩れるかも知れません。
 関心のある方は、集会の模様を下記のユーストリーム中継でご覧いただけます。
http://www.ustream.tv/recorded/48155767
http://www.ustream.tv/recorded/48155947

 集会の翌日に開かれた、自民党国会議員の勉強会の中でも、積極的に接種勧奨を再開すべし、という声は減って、慎重に対処すべしという声も聞かれてきたというニュースも流れてきています。
 大変な中、一刻も早く我が子の健康を取り戻したいという思いとともに、これ以上我が子と同じような被害に遇われるお子さんがでないようにという思いで行動し続けている被害当事者・ご家族の方の願いが実現できるよう、もっともっと、情報を広げていかなければと思っています。

 埼玉県でも、被害者連絡会埼玉支部の立ち上げが予定されています。
日時 6月1日 1時〜5時/場所 埼玉会館2階ラウンジ
 埼玉県支部設立総会連絡先・埼玉支部長平原明美 電話 090−5992−1516 Email htyjt137@ybb.ne.jp


 関心のある方のご参加、お待ちしています。

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2014年05月27日

地域で一緒に生きるということ

 出かけてばかりいて、なかなかブログの更新ができてません。
 
 土曜日は、久しぶりに、車椅子ユーザーであり、かつて私の「片山いく子と一緒に市政に参加する会」の代表を務めてくださっていたKさんと、水道橋に出かけました。

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 前から関心のあった「全日本おばちゃん党」(http://tamutamu2011.kuronowish.com/obatyantou.htm)の発起人であり、「とりあえず代表代行」の谷口真由美さんの講演会に参加するためです。
 全く知らないという方のために「おばちゃん党はっさく」の前文を紹介すると

「おばちゃんは、政治のことを自分たちのこととしてとらえ、日本の未来を真剣に考えています。おばちゃんは、自分だけが幸せ、自分だけが安全、自分だけがよい生活は、いやです。おばちゃんは、全世界の幸せな未来を考えています。ゆくゆくは、全世界おばちゃん党を目指します!」

 関西弁だから言える! という谷口さんの軽妙な語り口。
 「大事な人を守るため、と言って戦争に行ったらあかんやろ。大事な人を守るためだったら側にいないとあかん!」
 確かに。集団的自衛権の嘘っぽさを見事に突いています。

 「腹太の方針」もうなずけます。
 しかし、「おばさんの おばさんによる おばさんのための政治」はちょっとハードルが高そう。
「女性議員だからといって、日常的な課題だけでなく、経済や国際関係などの分野もきちんと知識を持たないと」というニュアンスのことをおっしゃってました。

 しばらくFace bookを閲覧して探ってみたいと思っています。

 久しぶりの車椅子と一緒の外出、駅によって対応が異なり、いろいろな気づきもあった外出となりました。もっとこんな機会をどんどんつくりたいと思っています。

 25日の日曜は、県内の多くの障害者団体で結成されている社団「障害者自立生活協会」の総会に出席。

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 総会は無事成立し、議案もすべて可決。
 その後のシンポジウムの中で、土呂でグループホームを運営している山口さんの報告が心に残りました。民間アパートを借り上げて運営しているのですが、地元の不動産屋さんたちとの交流の中で、古い物件があると上手に交渉して大家さんが建て替えるように仕向け、その際バリアフリー改修もしてもらう、ということもあるとのこと。北海道の浦賀にある「べてるの家」を彷彿とさせる、土呂の街に根付いた活動をしているように推察しました。

 ここしばらく、障害者福祉の制度や法律がめまぐるしく変わり、首を傾げることが多くなってきていますが、「一緒にゴチャゴチャと生きていくこと」が大事、これを大切に考えていきたいと改めて思いました。


 



 
posted by ふくろう at 20:18| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月21日

思わず「本音は?」と聞いてみたくなる政府交渉ー「原発事故子ども・被災者支援法」基本方針の見直し、緊急課題の解決を!

 本日は、参議院議員会館で、タイトルの院内集会と政府交渉が行われました。主催は「原発事故子ども・被災者支援法推進自治体連盟」です。

2014-05-21.jpg

 主催者の名前から想像がつくように、この「原発事故子ども・被災者支援法」は、3.11の原発事故の被害については、従来からあった「災害救助法」ではとても対応できないとして、国会で超党派の議員立法で制定されたものです。
 内容、とくに基本理念については、事故の被害にあった方々の支援で求められている多くのことが盛り込まれています。
 ところが−、なかなか具体化した基本計画が策定されず、やっと昨年の10月に示されたと思ったら、基本法の理念に則っているとは言えない、従来の災害救助法の焼き直しのようなものでした。

 そこで、今年の1月28日に国会請願を実施し、翌29日に政府交渉を行ったものです。
 その時の請願書に対する回答が、あまりにも請願を受け止めているものとは思えず、この度、再度要望書を提出し、今回の政府交渉で回答を求めました。

 ひな壇に並んだのは、写真からお分かりの通り、国交省、環境省、文部科学省、厚生労働省、復興庁と内閣府から答弁者だけでも12名。後ろに控えている方々を加えると20名を超える担当者が出席してくださいました。

 今回とくに強く求めた緊急課題は、避難住宅の長期支援、そして子どもたちを中心とする健康管理の問題です。

 最初の住宅支援については、原発事故はふつうの災害と違って、比較的短期間に居住環境が改善するものではなく、故郷に帰還できる時期の目処が立たないことから、安定した住宅支援がなければ生活の維持も、子どもたちの進学などもままならない、という切実な問題から、長期の支援を求めているものなのに、国交省の答弁が、「だから平成27年3月まで延期し、その後についても検討するとしている」というものでした。
 本当に「原発事故子ども・被災者支援法」の趣旨を理解しているのでしょうか。

 子どもたちの健康被害を防ぐ措置にしても、なぜ、「専門家会議」で、甲状腺検査以外の検査項目は不要、という結論が出されるのか、福島の中通り、浜通り以外の被曝が予想される地域は対象とならないのか、その根拠が分からないのです。

 ひな壇に並んでいる方々の本音を聞いてみたい、心底思いました。

 ただ、前回要望した、「子どもたちのリフレッシュ保養のための宿泊移動教室などへの支援拡大」については、今年度から福島県に対する補助事業として取り組まれることとなり、今年度は幼稚園や保育所出の取組みが拡大しているとのことです。

 今回不十分と思われた回答については、きちんと再度回答を求めて交渉を終わろうとしたところで、大飯原発の再稼働差し止めの判決が出た、とのニュースが伝わってきて、会場は大きな拍手に包まれました。
 あきらめず、たゆまず、必要な行動は続けていかなければ、と改めて思いました。
posted by ふくろう at 20:23| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月11日

ここから希望をつなげていきたいー女たちいのちの大行進

 好天に恵まれた本日、上野の野外ステージで行われた「5.11 女たち いのちの大行進」に参加しました。

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 第一部の希望のフェス。
 まず、海外からのメッセージも含め、様々な方からのスピーチがありました。

 高校生の安積宇宙さん。お母様の安積遊歩さんは、障害者団体の集まりでよくご一緒していたのですが、3.11の原発事故以来、母子でニュージーランドに住まわれています。宇宙さんもお母様と同じく生まれつき骨が弱い体質で、車椅子を使って生活しています。
 「車椅子生活でも不自由だと思ったことはない。そのお陰で様々な方と知り合い、支えられて生きている幸せ」と言い切れるのは、お母様の生き方をきちんと受け継いでいらっしゃるのでしょう。彼女からのメッセージは、「若い世代でもいろんなことを考えている。私たち世代の考えを思いを、もっと知ってほしい」と。

 沖縄からきて下さった、辺野古の座り込みを続けている高里鈴代さんは、「全体の幸せのために」と権力を持つ人たちはよくいう。全体の幸せのために、経済を支えるために必要、と福島をはじめ地方に原発を押しつけ、日本全体の平和のために沖縄に基地を押しつけている。「全体って何?」「本当にそのことがみんなの幸せにつながり、平和につながっているの?」この疑問を忘れずにぶつけていこう、と。そう、一人ひとりの幸せがつながってこそ、全体の幸せがあるのですから。

 次のパフォーマンスライブでアイヌの古代舞踊を踊ってくださった平田幸さんは、小学校の低学年のときにアイヌ故にいじめにあい、学校に行けなくなった体験があったとのこと。
 10代の後半で「アイヌって人間という意味」なんだと知って、自分は人間なんだ、みんなと同じように暮らしていいんだ、と思うようになってから、首都圏に移住し、アイヌの古代舞踊はじめ、伝統文化を守り、伝える活動をされているとのこと。
 声高のスピーチではなかったけれど、差別がまだまだ残されている現実に苦しめられている人たちがいることを忘れてはならないと思いました。

 まだまだスピーチは続きましたが、その後のパフォーマンスライブ。
 ゼロノミクマくんの司会で和やかに進みましたが、どなたのパフォーマンスも、自分たちの領域の中で美しい主張が続きました。
 KOTOBUKIのナビィさん、「人間って素晴らしい叡智を持っていて、何でもできそうなんだけれど、実は私たち人間は、地球上の動物や植物やいろんなものに許されて生きてるってことをこのごろ強く感じます」とつないで歌ってくれました。このようにそれぞれが音楽の合間の語りに、素敵な言葉を散りばめられていたのに、記憶に残っていないのが残念です。

 写真は、ライブに出演した人たちが最後に舞台に集まり、客席のみんなも加わって「カチャーシー」を。
 次のサプライズは、いきなり「相馬盆歌」の演奏がはじまり、福島から参加していた方々を中心として踊りの輪が広がりました。
 
 朴慶南さんがスピーチで語っていたように、「私たち一人ひとりは幸せになるために生まれてきたんだ」ということを忘れずに、まず、自分の周りの人が幸せであることを願って、そこからはじめなければ、と思った「母の日」でした。

 ステージのあとは、車椅子の方や高齢の方のスピードに合わせて「ゆっくりウォーク」。シュプレヒコールの代わりに歌を口ずさんで。
 上野公園から秋葉原まで、小1時間のウォークでしたが、途中でお巡りさんに「もう少し早く」とせかされたのははじめてのウォークでした。

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 ゴールの錬成公園では、盛りのバラの花々が迎えてくれました。 
posted by ふくろう at 19:44| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

障害のある人と一緒に働くということ

 昨日は,越谷市の青年会議所さんの主催で行われたパネルディスカッション「いま障害者雇用を考えるー“共働く”まちづくりに向けて」に参加してきました。

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 会場となった中央市民会館の会議室2室をつなげた部屋は、すでに満席に近い状態でした。やっと前の方の空いている席に案内していただき、その席からの1ショットなので、臨場感が伝わりにくいかも知れませんが−。

 それよりも、日ごろ、障害者の就労問題を考えるさまざまなシンポジウムや学習会とは異なった顔ぶれの方々が多いことをうれしく思いました。 
 青年会議所、という,経営する側の方々の主催であることがそもそも、初めての体験です。改めて感謝、です。

 県立大学の朝日雅也教授の基調講演のあと、障害を持つ方の雇用を実践しているサイゼリアの顧問・井坂昌彦さん、そして「職場参加を進める会」の仲間でもあり、社員のほとんどが障害を持つ方、という経営スタイルを長いこと続けていらっしゃるニューオタ社長の尾谷英一さん、そして今回初めて障害者の実習を引き受けたトップオート社長の星野敦鋭さんからの報告がありました。
 覚え書きメモが頼りなので、正確なまとめではありませんが、お許しください。

 サイゼリアでは13年前から、障害者の方の雇用を進めています。きっかけとなったのは、現在の特別支援学校の先生からの紹介で数人の知的障害のある方10名の実習を受け入れたことだったそうです。
 実習が終わり、翌年から実習生のうち、9名を社員として採用しようとしたところ、一人の若い店長が、一人の女性を不採用にしたことに対して泣いて抗議しました。「あなたはあの子がどれだけ一生懸命実習に取り組んだのか見ていない、何も分かっていない」と。聞けばその方は、店のテーブルと椅子を丁寧に拭くことを一生懸命繰り返し、家で母親に手伝ってもらって練習までしていたとのこと。
 店長の訴えに心動かされた井坂さんは全員採用としましたが、その方は昨年、勤続10年の表彰を受けたとのことです。
 それまで「法定雇用率」という観点から障害のある人の雇用を考えていた井坂さんは、現在211店舗、2工場で200名以上の障害のある方の雇用となるまでの過程の中で、「この事業は障害のある方の人生支援なのだ」と思い至るようになったとのこと。
 会社の経営方針との関係でいうと、創業以来、「『低価格という社会貢献』ということを社是としてきたけれど、障害を持つ人に対して必要なコミュニケーションもとれなくて、なんでお客さんに適切なサービスを提供できるのか、と思うようになり、飲食業を営む上での大事なことを教わったような気がする」という意味のことをおっしゃっていました。

 ニューオタニの尾谷さんが障害のある方を受け入れたきっかけは、制度を活用して、非常に有利な条件で春日部市の豊野工業団地に工場を開設できたことだったそうです。自分が制度の恩恵を受けたことを、何らかの形で恩返ししたい、という思いから引き受けたのですが−。
 ニューオタニは、どなたも名前を知っている、靴の有名メーカーの靴底をつくっている会社です。それだけに、できた製品の品質は厳しくチェックされます。最初のころは障害を持つ方の手による製品は「おしゃか」ばかり。しかし、一人前の職人にしなければこの人たちは社会で生きていけない、と厳しい指導を続けました。
 バブル崩壊後の不景気の中で、同業者は次々と倒産していく中、尾谷さんは、昨日のお話では触れませんでしたが、身内の社員の給料はほとんど払えない状況の中でも障害のある方は一人も解雇せず、あらゆる努力をして工場も社員も守ってきました。
 今振り返ってみると、障害を持つ人のペースに合わせて、細々と続けてきたことが実は会社を守ることにつながってきた、「助けるつもりが助けられた」、とても重い、尾谷さんの言葉でした。

 初めて障害者の実習生を受け入れた星野さんは、これまで障害者の「法定雇用」という言葉すら知らなかったといいます。しかし、実習生のひたむきな仕事ぶりから教わることも多かったとのこと。これからきっと、障害を持つ人と「共に働く」ということを模索してくださるのではないかと思いました。

 青年会議所は、会社の経営だけでなく、社会貢献ということにも力を入れている団体と伺っています。このパネルティスカッションを通して、若い経営者の皆さんが、企業とは、経営とはということについて、今までとは違った角度から考えてくださるようになったのではないかと、ひそかに期待しています。
 人口が減少する時代を迎えた今、働き方もまた多様になろうとしているのですから−。
posted by ふくろう at 10:33| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月05日

神も仏もずっと身近に感じられた「円空さま」の里帰り

 ゴールデンウィーク後半の初日、3日は、多分自分だけの休日がとれる唯一の日です。
 3日から、小淵観音院の円空さんの木彫仏が県立歴史と民俗の博物館から里帰りするというので、サイクリング気分で出かけました。

 爽やかな風に吹かれ、辿りついた観音院は、山門が修復中でした。

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 解体前の山門は、1本の柱だけではなく、それぞれのパーツ毎に、覚えが書き込まれていました。修復というのは、新たに立て直すよりも手間がかかること、というのが実感できますが、それだけに、古い物が残る貴重さがありがたい作業だと思いました。

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 中央が、円空点などのチラシに用いられる高さ194cm聖観音菩薩像です。

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 日本で円空仏としては現存する唯一のもの、とされる蔵王権現立像です。
 蔵王権現は、修験道のご本尊とされていますから、遊行僧であった円空さんが彫って不思議はないのですが、他に現存しないというのはなぜなのでしょう。
 それにしてもこの蔵王権現は、釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩の三尊が合体したものとされていますが、円空さんの彫ったそれは、神仏の体現というよりはむしろ、大自然の懐に抱かれる人間そのもののような体温が感じられるような気がしてきます。

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 護法大善神像もそうで、どこか烏天狗のようなイメージです。

 もしかしたら、大自然の驚異にもさらされながら諸国を歩いた遊行僧の修行とは、自然と一体になったことで奥義を深めたものだったのかも知れないというのは、勝手な憶測です。

 でもこうしたDNAは、日本人である私たちの体内深くに流れているはず、と思いたいのです。

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 小淵観音さんに向かう途中で、我が青春の花、ロビニアが咲いているのを見つけました。
 一の割公園では、昨年、随分枝を払ったようで、今年は花の数が少ないようで、これから復活するのでしょうか。

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 帰路の古利根河畔の葭原で、何やら賑やかな鳥の囀り。大ヨシキリが営巣をはじめたのかと目をこらすと、たくさんのカイツブリたちが潜っては浮かび、潜ってはまた浮かんでいました。水に浮いている時間はあっという間、なかなかピントが合いません。
 のんびりと、身も心も満たされた1日となりました。


 

posted by ふくろう at 18:22| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月30日

プロフィールを変えて、明日からは

 本日で、議員の任期が終わりになりました。

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 28日(月)、会派の引き継ぎで市役所に行くと、地下の食堂の窓から見える桐の花が咲き始めていました。

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 いよいよ市立病院の建設が始まるようで、市役所の敷地にあった印刷室の解体が進んでいます。

 一市民となって「これから何をするの?」と聞かれますが、まだまだ未定です。
 15年間の整理をして、じっくり考えたいと思っています。
 アイディアがあったらお聞かせくださいね。

 最近、Face bookでの発信が多くなり、このブログを閉じようかと思ったのですが、落ち着いたら議員生活の15年を振り返って思うことをまとめるかも知れません。更新はあまりたびたび行わないと思いますが、しばらくはこのままにしておこうと思います。
 よろしくご理解ください。

posted by ふくろう at 18:17| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月27日

春日部市が最も賑わう季節のゴールデンウィーク、本日は「藤まつり」

 朝から好天に恵まれ、本日は第33回の「藤まつり」でした。

 昨日の「アド街ック天国」の番組の中で盛り上げていただき、どのくらい賑わうのだろうと、ちょっと期待しちつつ、春日部駅に向かう電車の車中でも、昨日のアド街の話題が−。しかし、どちらかというと、ホームのラーメンに軍配があがっているようです。

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 それでも昼頃には歩行者天国になっている車道より、出店の並ぶ前の歩道に人があふれています。人気の高い飲食店の食べ物には、長〜い列ができていて、結局ほとんど買わずに仲間のテントで赤飯を求めることに。おいしいものは今度ゆっくりお店でいただくことにします。

 ボクシングのスーパーフェザー級チャンピオンの内山選手も予告通り訪れ、昼過ぎにも会場を回っている姿を見受けました。気さくに握手し、写真撮影に応じ、本当に爽やかな青年です。

 太鼓の競演に流し踊り、最近活躍している小中学生の鼓笛や吹奏楽、マーチングバンドなど、そしてサンバに替わって常連になっている「よさこいソーラン」や「阿波踊り」が車道のあちこちで繰り広げられ、熱気に包まれた藤通りです。

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 青年会議所の「子育てタウンの魅力発信」をテーマにしたブースでは、クレヨンしんちゃんの塗り絵をした凧を作る体験に真剣に取り組む子どもたちの姿がありました。

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 こちらも人気の羽子板の絵付け。出来上がった羽子板で羽根つきの練習をして、次の羽根つき大会には是非参加してほしいものです。

 さて、3日、5日はやはりアド街で取り上げられた大凧あげ、そして4日は大凧マラソン。舞台は庄和地域に移りますが、藤通りの「藤まつりウィーク」は30日まで続きます。
posted by ふくろう at 18:49| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月23日

祭のあとー

 選挙が終わってからも、会派の打ち合わせ、各派代表者会議と仕事があり、本日は会議のあと、やっと、控え室の片付けをしました。

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 片付けの殆どは、この4年間で(中にはもっと古いものも混じってますが)たまった書類の整理です。
 その結果が、写真の書類の山−。議員控え室の前の廊下は電気がついていないため、かなりピンぼけになってしまいました。

 一応、上質紙、雑紙、冊子類と大ざっぱな分別をしてー。
 事務局の皆さん、ごめんなさい。質疑や質問のたびに、法規類を確認したり、審議会などの議事録を読み込んだり、他自治体の事例を調べたりしているうちに、この山にー。
 もちろんそれだけでなく、議会内のさまざまな会議の書類や議事録、議案資料などもあるのです。

 さあ、これから家にある書類の山との格闘がはじまります。

 この間悩んでいたのが、年金をどうするのか、ということです。
 実は、国会議員の議員年金は平成18年に廃止になりました。地方議員の年金についても、市町村合併が進み、議員数が激減したことや、町村議員が市議会議員になるケースが増えたこと、高齢化で、支給対象人数が増えたことなどにより、年金基金が平成23年度にはゼロになることから、どうするのかの議論が進んでいました。
 存続したら、年金基金が枯渇したのちには、全額税負担になります。全国の市民派議員が中心になって、議員特権廃止の運動をしていたとき、その中の一項目として議員年金の廃止も求めてきました。

 その結果、平成23年度の6月に、法改正が行われ、議員年金は廃止されることになりました。
 廃止となったとき、議員として12年以上務めた場合は、積み立てた掛け金のうちの一定割合を退職一時金として受け取るか、年金として受給するかを選択ができるとされました。

 自分たちが旗を振って廃止したのだから、筋としては年金を受給する、という選択はありえない、と分かっていても、来月から国民年金だけの暮らしになるのかと思うと、やっぱり悩んでしまいます。
 もちろん、退職一時金を受給する、と選択しましたが、本来であれば、新たな制度として、掛け金をベースにした年金支給を考えるべきだったと思います。

 それよりも、あまりにも低い国民年金を考えると、どんな仕事をしていたかに関係なく、年金を一本化して、老後の生活を支える平等な年金制度の確立が、今こそ望まれていると思わずにはいられません。

posted by ふくろう at 19:43| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月12日

いよいよ明日から、春日部市議会議員選挙

 新人候補の選挙の準備の応援で、ブログの更新もままならない日々を送っているうちに、いよいよ明日は告示日となりました。

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 気がつくと、武里西小の校門脇の、御衣黃桜が満開です。
 そしてその隣のアメリカ花水木も花開いています。

kusunoki.jpg

 木々は新緑の季節。欅の新緑も、私が一番好きな柿の木の新緑も瑞々しいけれど、今日はふと、楠の新緑も美しいと思いました。

 明日から、新緑と花々が美しく彩る街を、全力で選挙カーで走り回る日々になります。
 ブログの更新も、Face bookに目を通すこともままならなくなると思いますが、1週間後に元気でお目にかかりたいと思っています。


posted by ふくろう at 23:30| 埼玉 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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