2014年08月28日

「もういいかい」と「まぁだだよ」の間に−。

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 わらじの会の草津合宿、2日目は国立ハンセン病療養所栗生楽泉園を訪問しました。
 草津温泉の中心部、湯畑から東へ役4Kmの尾根を切り拓いた、附属施設も含めると総面積が役223坪もあるという楽泉園の側面は、すべて深い渓谷に取り囲まれています。
 元々はドイツ人医師ベルツ博士が草津の湯は皮膚病に薬効あり、としたことからライ患者が集まった草津で、湯治客と患者を分けるために待ち当局が患者居住地とした湯之沢は自由療養地で、人口800人余に及び、湯治をしながら働いて生計を立てていた人も多かったそうです。大正5年に日本のハンセン病患者救済のために来日していたイギリスのコンウォール・リー女子が湯之沢で尽力し、医療支援だけでなく、子どもたちの学校や幼稚園まで設けるなどの生活面の支援も行っていたことから、この時期の患者の暮らしは「自由療養所」の名にふさわしいものだったようです。
 国が「患者強制隔離撲滅政策」を掲げて強制収容を進めた昭和の初頭にも、頑なに自由療養地おいて暮らし続けていた湯之沢の人々でしたが、太平洋戦争勃発前夜に全国各地で起こった「無ライ県」を目ざす動きに呼応した群馬県によって、楽泉園に強制収容されたのです。

 その日は、高齢化によって、楽泉園に入居されている方々が訪問者への案内もままならなくなることから、現在進められているボランティアガイドを養成する講座の受講生の皆さんが、入居者自治会会長の藤田三四カさん(88歳)のお話を伺う機会に同席させていただきました。
 藤田さん自身、兵学校のときに強制隔離され、戦争がどれだけ人々の日常生活を蹂躙するのかを、静かな語り口でしたが忘れないでほしいとおっしゃっていました。

 その後は、強制隔離された方々の復権と国からの補償を、求める裁判を支援してきた「ともに歩む会」のメンバーの方が施設を案内してくださいました。

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 体の自由が効く方々の住居棟前には、丹精込めて育てていらっしゃるであろう花々が咲き乱れていました。

 入所者の方が最も多かったのが1944年で1335人を数えたとのことです。しかし、欧米ではハンセン病はライ菌による感染症で、感染力はごく弱いと認められ、ほとんど過去の病気になっていたのが明治30年であったことを考えると、日本が医学的見地からハンセン病に罹患した人たちを救うという観点で対処することがなかったことはあまりにも残念でなりません。そしてこれが、ひたすら富国強兵を目指し、国力を揚げることが第一だった国家の姿だったのでしょう。

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 楽泉園の中で亡くなられた方は2002人とされています。その中には遺伝による病気との誤った認識によって中絶によって息絶えた胎児26人も含まれています。結婚のときには断種が条件とされたなど、人権などまったく踏みつけにされ、収容所に隔離されて一生を送った方々の御霊を悼みつつ、「安らかに」と祈ることしかできませんでした。
 案内して下さった方が、
「もういいかい 骨になっても まぁだだよ」
 という句を披露してくださいました。ここに眠るのは亡くなっても遺骨の引き取りを身内から拒否された方々なのです。

 そして何よりも苛酷であったのは、「特別病室」と呼ばれた重監房に投獄された人たちでした。
 栗生楽泉園にこの重監房が設置されたのは1938年。高さ4mの厚いコンクリートの壁に囲われた中には同じ高さの厳重な仕切りが8箇所設けられ、その中に木造平屋建ての独房8室が設けられていたとのことです。
 1947年に廃止されたのち、国によって撤去されましたが、ハンセン病患者への人権蹂躙の象徴として復元を求める声が強く、今年の春に「重監房資料館」としてオープンしました。

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 ここには、楽泉園に入居していた人だけでなく、全国各地の療養所で不穏分子や素行不良とみなされた患者が送りこまれました。
 囲いには屋根はなく、粗末な木造の建物の4畳半ほどの部屋には縦13cm、横70cmの明かり取り窓が1つ、床と壁の間にはあきっぱなしの小さな食餌差し入れ口があり、冬にはそこから雪や冷気が容赦なく吹き込んだとのこと。
 食餌は1日2食で、朝は麦の方が多い麦飯と梅干し1個と味噌汁、午後の2食目は麦飯と沢庵3切れと水1杯のみだったそうです。
 重監房のあった9年間で収容された89人のうち、獄死した方が14人、病が重くなり1年以内に亡くなった方が8人とのことです。

 何よりも悔しいことは、1947年、基本的人権が高らかに謳われた日本国憲法が制定され、そのころから日本でもハンセン病の特効薬を用いた治療が行われるようになり、治る病気という認識が高まったにも関わらず、多くの人たちが社会的に隔離され、人権すら認められない暮らしを強いられたもととなったらい予防法が廃止されたのが、1996年だったということです。
 ライ病に対する認識が誤りであったことが分かってから50年、もっと早く対策がとられていたら肉親の方々が存命で、少しでも長く故郷で晩年を過ごすことができたのに、と思わずにはいられません。

 まだまだ伝えきれない楽泉園やハンセン病療養所のことについては、どうか一度訪問されるか、あるいは楽泉園の入居者の方々のまとめた手記などをお読みいただきたいと思います。
posted by ふくろう at 19:48| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月25日

中身の濃かった3日間「わらじの会」草津合宿

 何十年ぶりの参加になったのでしょうか。子どもたちが幼かったころは、夏の家族旅行代わりに参加していた「わらじの会」の合宿。義母の介護などがあって参加できなくなって久しかったのですが、今回はやっと参加できました。
 
 参加したかった理由は大きく2つ。
 合宿だけでなく、「わらじの会」の日常活動とも疎遠になってきており、今回、地域での活動にシフトするに当たって、わらじの会のメンバーとの3日間の交流の中で、原点にかえって考えてみたかったこと。
 そしてもう1つは、自由行動の日に、ハンセン病療養所である栗生楽泉園の訪問が選択できること、です。

 初日、南越谷から車椅子10数台を連ねた93名の参加者は、9つの班に分かれ、車班の2班以外は班毎に草津までのルートを決めて移動します。
 宿に着くまでの6時間ほどの行動の中で、普段触れあう機会が少ない、もしくは全くない障害を持つ仲間の意外な一面をたくさん発見しました。こんなにのんびりと電車&バスの旅を楽しむこともないので、ふだんとちがう時間の流れもまた、命の洗濯になります。

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 さて「草津」。週末とあって、観光客で賑わっていました。草津温泉の象徴「湯畑」。

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 夜のライトアップされた湯畑は幻想的です。

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 2日目、ゆっくり歩きながら、そして時間がたっぷりあったので熱帯植物園を経由して栗生楽泉園に着いた人たちとは別行動で、足に不安を抱える人+シルバー組は、温泉街を散策し、美味しいおそばで昼食をとって、楽泉園に向かいました。

 楽泉園の報告は、のちほどいたします。

 


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2014年08月16日

人と人のつながりが要、高齢化社会の在宅介護・医療の連携

 虹とみどりの全国政策研究集会の2日目の分科会は、「地域で安心して暮らし続けるまちへ」に参加しました。
 パネラーは、長寿社会のまちづくりといったらここ、とされる「柏プロジェクト」のキーマン、東京大学高齢社会総合研究機構の木村清一さんと、松戸市で在宅医療に長年取り組まれ、今年の6月まで松戸医師会の在宅ケア委員会の委員長として牽引役を務めていらっしゃた島村善行さんのお二方です。

 柏プロジェクトについては、以前、東部地域地方政治改革ネットで木村さんをお招きし、柏市と、UR、そして東京大学高齢社会総合研究機構の三者がタグを組んで、2009年から進めている事業の詳細について、お話を伺いました。
 そのときの報告が、以下のページにあります。
 http://ikuko-k.seesaa.net/article/203125019.html

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 ますます意気軒昂、熱弁をふるう木村さんです。

 柏プロジェクトの特徴は、豊四季台団地をモデル地域として、「高齢社会総合研究会」を立ち上げ、
・在宅医療委員会
・人と人委員会
・住まい・移動委員会
 の3つの分野の委員会の元にさらにワーキンググループ(作業部会)を設け、市役所の関連するあらゆる分野と住民が一緒になって、具体的な施策を進めていることです。

 そして取組はさらに進化していました。在宅医療については、さらに推進するための新しい連携ネットワークを構築しつつあります。
 この取組のために拠点事務局を置き、市の正規職人+臨時職員6人が種々のコーディネイトを行っているとのこと。ここでも、柏市が大切にしている「循環し」、「交流すること」で生まれるネットワークを大切にし、それが生まれるためには仕掛けが大切、というポリシーが見えます。また、市民が加わった中でネットワークが実現することが大事で、そのためには何よりもプロセスを重視したい、という木村さんの思いがここでも健在です。

 こうして「高齢化社会から長寿社会へ」とめざす柏市の取組は、5年余りの中で年少人口の増加という予期しない反響も現れているようです。

 松戸医師会の島村さんは、松戸市で進めている高齢者の在宅医療と医療介護の連携の状況と今後の進め方について、たくさんの資料を駆使して説明してくださいました。
 しかし圧倒されたのは、在宅医療に取り組む中で、どうしても全心身の診療を行わないと在宅医療は行えないと実感して自らの診療所を「トータル・ケア・クリニック」と衣替えしたこと、さらに高齢者が安心して幸せに暮らせる街づくりのために、介護施設や介護サービス事業所、高齢者住宅までをグループとして整備した、ということでした。
 昨年伺った、尾道市の公立御調病院と似たような取組が行われているのです。

 今までガン患者の看取りを2300例以上は行ってきたという島村さんだからこそ、真に安心して老後を住み慣れた地域で過ごすために求められているものが見えているようです。

 島村さんの写真は上手く撮れなかったので、パネルの一枚を紹介します。

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・連携がとれていないと,お互いの力が発揮できないーだから分かりやすい連絡網を繋げるコーディネイトを。
・自助、公助の間に「近助」ー元気な高齢者がそうでない高齢者の面倒をみる。

 そんな地域づくりを通して、戦後実現してきた長寿社会を、住んでいる人も、産業も、行政も、三方よしのまちにしていかなければ、という思いで、これからも松戸市の在宅医療の充実に取り組んでいかれることでしょう。
 


 

 

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2014年08月14日

住民の当事者意識をいかに掘り起こしていくのかが鍵を握る、これからの「公共施設再生」

 先週、8日、9日の「全国政策研究集会」の報告をまとめようとしているのですが、どうもPCのご機嫌が悪く、文章をまとめようとすると、フリーズしてしまうのです。そろそろ限界かと思っているのですが、持ち主同様、老体にむち打って、しばらく更新せずにがんばってみようと思っているうちに、1週間近くが経過してしまいました。

 8日の分科会は「未来にツケを回さない公共施設再生」に参加しました。パネリストは、構想日本総括ディレクターの伊藤伸さん、東洋大学PPP研究センターリサーチパートナーで現在習志野市に出向している岡田直晃さんと、すでに2011年に公共施設白書をまとめた取手市議の結城繁さんでした。

 事業仕分けでおなじみの構想日本ですが、最近は「施設仕分け」に取り組む自治体が増えて来て、それらの自治体の指南役を務める中で、各地の事例を把握しているようです。
 人口が増え、景気がどんどん上向く中で公共施設が次々に整備されていった1980年から90年代。気がつくと人口は減少し始め、景気も後退して自治体も国も財政的に厳しい状況になってきました。
 2010年の公共投資と同額の財源を確保したとして、2035年には既存の施設の維持補修が精一杯で、新規施設への投資はほぼゼロになる見込みが示されています。

 国も自治体のこのような実態から、「公共施設等総合管理計画」を策定した場合、計画策定費の50%、既存の施設の取り壊しに関する地方債を発行した場合はその元利償還の75%を交付税措置するという指針をまとめたとのこと。
 しかし伊藤さんは、国がこのような指針を示したから自治体が計画をまとめるのは筋違い、あくまでも自治体自身が自分のまちの実情に沿った計画を策定すべき、と指摘し、それには納得です。

 取手市では高齢化率が30%を超え、さらに「つくばエクスプレス」の開通によって取手駅の乗降客が半減しはじめたころから、東京ドーム5.5個分あり、維持更新コストに毎年38億円近くを要する公共施設をどうするのか、市民の財産として共に考えるための目に見える資料として、財政白書をまとめたとのことでした。

 習志野市の場合は、現況の公共施設を更新するとしたら毎年37億円かかるけれども、現実には公共施設に対する投資額は15億円程度、つまり40%の施設しか更新できないという実態が明らかになってきました。
 ところが公共施設の中で教育施設が約60%を占めているという現実の中で、教育施設さえも、全部を更新はできないことになり、そこで施設白書は従来の各施設の延べ床面積や建設年度などの施設カルテといったものではなく、実際にどのような人たちにどのくらい利用されているのか、施設の維持・管理費はいくらかかっているのか、といった実態も含めた施設シートとしてまとめて、施設のもつ機能と事業内容の評価を同時に行っていったとのことです。

 こうなると、住民の理解を得るために、徹底した住民参加で方向性を決めていかなければなりません。
 住民参加問題なのは、公共施設は減らしていかなければならない、という総論に理解は得られても、具体的にどの施設をどのようにするのか、という各論になると、利害関係がからんで反対の声があがったりすること、です。
 
 そこで習志野市では「公共施設再生基本条例」を制定したとのこと。
 子どもたちや窓の世代に負担を先送りせずに、よりよい試算を引き継いでいくために、
1.目的 公共サービスは継続的に提供していくこと
2.目標 公共施設は適正に維持されること
3.手段 財源確保、総量圧縮、長寿命化
 この3つの段階をきちんと踏まえ、単なる「統廃合」やコストカットだけでない公共施設再生に取り組もうとしています。

 取手市でもそうですが、とにかく徹底した住民の合意形成が必要であり、そのためには、従来の行政対住民という構図ではなく、これから自分たちの生活がどうなるのか、そのためにはどういった街づくりが必要なのかといったことを共に考えていける土壌をつくっていく努力をしていることが分かりました。
 そのためのポイントは、住民の中の当事者意識をいかに掘り起こしていくか、ということにあるようです。

 春日部市では、職員が自分たちの手で「公共施設白書」をまとめてきました。その中で、施設カルテだけでなく、施設シートにも踏み込んでいたはずです。職員の皆さんが公共施設の実態を把握できた、ということは時間がかかった分、大きな財産になっているようですが、これからどう住民と情報を共有し、当事者意識を掘り起こしていくか、正念場にさしかかっていくように思います。

posted by ふくろう at 19:16| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月11日

市民自治とはすなわち「市民一人ひとりから出発すること」。その実践から学んだ全国政策研究集会。

 8日(金)、9日(土)は、我孫子市の中央学院大学で開催された「自治体議員政策情報センター 虹とみどり」主催の「全国政策研究集会」に参加しました。
 今回のテーマは、「市民自治で未来を拓く」です。

 今回は基調講演ではなく、前我孫子市長であり、消費者庁長官も務めた福嶋浩彦さんと、いずれも若手改革派市長と目される、千葉市の熊谷俊人市長、尼崎市の稲村和美市長のお三方による鼎談、「新たな地域づくりと市民合意」からスタートしました。

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 私は受付を手伝いながらでじっくり聞けなかったのが残念でしたが、ざっくりしたまとめとしてー。

 千葉市長の熊谷俊人さんは、ICTも活用しながら市民主体の町づくりを進め、市民自治の実現を目指しています。その一例が市民の力を発揮できる「ちばレポシステム」で、地域の公共施設や公園・道路で補修の必要が個所があることに気付いた住民が、スマートフォンでその場で写真撮影をし、GPSを使って役所に送信します。受信した役所はすぐに位置を確認し、対応をとることができるシステムです。
 今までは、自治会が要望書を役所に出して、役所が現場に出かけて状況確認をしていたものが、情報のやり取りだけで確認できるとともに、これまでは要望を出したり、通常した住民を担当者とのやりとりだった、いわばクローズされた地域課題をオープンにすることができます。            
 こうして、既得権益をはびこらせることの弊害が、ITを使ったシステムを駆使することで取り除くことができ、若い人たちが、このような形で参加できることは、納税者としての自覚や地域への関心を高めていくことにもなるというシステムです。
 とくに、こうした地域課題は、議員がかかわることで優先的に解決につながる、とまだまだ住民に思いこまれている誤解も払拭され(もし、口聞きが行われているとしたらそれも不可能になり)、地域の課題については、個別の課題から全市的にそのような課題を解決する道筋を提案していく、というのが議員本来の仕事というまっとうな認識に立てるとの指摘は納得です。

 これはほんの小さな例で、千葉市は、役所の保有する情報のほとんどをオープンデータとして公表する取組も進めています。
 情報の共有と決定プロセスの公開は、市民自治の基本中の基本なのです。

 尼崎市の稲村市長は、とにかくとことん市民との対話を重ねることから施策の方向性を決定してきました。様々な問題解決のため、あるいは新しい施策の賛否を問うため、場所、時間、参加するメンバーを変えての車座集会、対話集会、ワークショップ。
これからの行政運営は、何を諦め、何を維持していくのか、選択と集中をきちんと見極めていかなければなりません。
「これをやると何を失って、これを我慢すると何ができるのか、そういう選択肢を情報を公開しながら示した上で、市民と対話をし、市民合意を得ていくことが不可欠です。
 例えば、中学でも学校給食を実施してほしいという要望は大きい一方で、教室にクーラーを設置してほしいという声を大きい、これについては「学びやすい学校の環境づくり」という大きなテーマの中で、今までの取組をふりかえりつつ、空調を整備するための財政負担と、中学まで給食を実施したときの財政負担、さらに学校教育における効果について、保護者だけではなく、実際に子どもたちとも対話や意見交換を重ねて計画を進めているとのこと。

 千葉市の場合、子どもの医療費の無料化の年齢拡大についても、何歳まで無料にしたらどのくらいの財源が必要になって、そのためには何を犠牲にしなければならないのか、あるいは一部負担金を設定することによって対象年齢を拡大したほうがいいのかどうかなど、市民が判断できる情報提供をし、選択肢を示していくことによって、市民対役所だけでなく、市民間でも議論を進められるようにしてきたとのことです。
 それによって、お互いに生活者として本当に質の高い地域社会を目指していくために、市民合意を図っていかなければならない、という覚悟が市民の側に育っていくのです。

 福嶋さんが提唱されている「市民一人一人から出発すること」、それは自分たちの居場所を自分たちが参画して議論し、交渉することで、自分たちが確保していくことにつながる、その実践をお二人の市長から示してもらったように思います。

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 会場にはこのように大勢の議員や市民の参加がありました。最終的には、スタッフも含め250人の参加があったとのことです。
 分科会の報告はのちほどまとめたいと思います。

posted by ふくろう at 00:21| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月27日

被害者一人ひとりの症状に耳を傾けることからはじまる、HPVワクチン副作用問題の解決

 本日は,東大の鉄門記念講堂で開かれた、薬害オンブズパーソン会議主催のシンポジウム「医薬品の安全監視を考える『子宮頸がんワクチン』被害からの問題提起」に参加しました。

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 講演や報告してくださった方々や,薬害オンブズパーソン会議の中心的役割を担っている方々です。

 第1部の基調講演は「患者不在の医薬品監視」というテーマで、国際医薬品情報誌協会を立ち上げ、患者や市民の立場から発言する国際的なオピニオンリーダーとして知られているアンドルー・ヘルクスハイマー氏の講演がありました。
 氏は、医薬品安全監視が基本的に目ざすものとして、
・医薬品の利益が、これによる害を上回ることを確かめること
・利益対害の評価は集団に関する検証だけでなく、個別患者レベルでもチェックすること
・その薬をなぜ使う価値があるのか、想定しう害は何かについて患者に説明できること
 の3点を上げました。

 これだけを見ると至極もっともですが、これらが確実に行われていないからこそ、次々と薬害問題が繰り返されていることも事実です。
 その理由としては、薬を使ったとき、利益はすぐに現れるのに対して害はずっとあとになって注目されることとともに、学界も薬業界も薬によってもたらされる利益の追求については膨大なエネルギーをむけるが、害に対して研究する研究者は少ないことなどがあげられるとの問題的がありました。
 医療にかかわる全ての人が、薬害の可能性についてもっと敏感でなければないこととともに、氏が繰り返し指摘したのは、薬の効果と害について常に考えること、その際分かっていることだけではなく、分かっていないことは何かも念頭におくことということでした。
 そして有害反応報告があった際、患者にとってそれがどれほど重要なことかを尊重するとともに、時間的経過を追ってフォローアップすることと述べました。

 今回の子宮頸がんワクチン問題に照らして考えると、随所に納得できるポイントのあった問題提起でした。

 続いて第2部は、日本線維筋痛症学会理事長の西岡久寿樹氏の「HPVワクチン禍から見えてくるものー医師教育の質と倫理感の低下ー」というテーマの講演でした。

 そもそも西岡医師が「子宮頸がんワクチン」問題にかかわるきっかけとなったのは、全国に200万人はいるとされる筋線維痛症の患者のうち20代はわずか0.8%程度とされているのに、昨年末からや若年層の患者が増えてきたことからだったとのことです。調べてみると、いずれの患者も「子宮頸がんワクチン」接種後に発症していることが分かりました。
 さらに、患者のほとんどは痛みだけでなく、慢性疲労性症候群や自律神経障害、高次機能障害など、時間の経過とともに種々の重篤な症状に苦しんでいるのに、厚生労働省が「接種から1カ月以上たって発症する症例や3カ月以上慢性的に経過する症例はワクチンの成分が原因とは考えられない」として「心身の反応」と結論付けたことは大問題と考えたとのことです。
 そこで、筋線維痛症学会と難病治療研究振興財団が協力して,リウマチ膠原病・小児科・神経内科・精神科などの研究者を集めて病態研究チームを立ち上げました。
 その結果、「子宮頸がんワクチンによって引き起こされた多様な症状の時間的経過の推移は,今まで経験したことのない未知の病気である」との確信から、これらの多様な病態を「子宮頸がんワクチン関連神経免疫異常症候群(HANS)」とすることを提唱しました。
 その説明のスライドです。

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 西岡医師の説明をこのようにきちんと聞いたのは初めてのことです。
 ごくごく当たり前に、目の前で苦しむ患者さんの病状から学ぶことを追求した結果でてきた結論は、厚労省の「心身の反応」からは感じられない説得力があります。
 今後、病態研究チームによって、有意な治療法が見いだされることが期待できるように思われました。

 第3部はパネルディスカッションでしたが、それに先だって薬害オンブズパーソンから、厚労省のワクチンの定期接種について審議する審議会委員15人中11人が、ワクチンメーカー2社から講演料などの名目で謝礼を得ていることや、ワクチン接種を推進しようとしている「子宮頸がん制圧をめざす専門家会議」が平成13年度だけでワクチンメーカー2社から、あわせて3500万円もの寄附金を受け取っていることなどが報告されました。
 また、被害者の聞き取り調査の報告などもあり、会場からの質疑も交えてのディスカッションとなりました。

 今日の参加者は約200名とのこと。子宮頸がんワクチンの問題に対する関心の高さがうかがえました。


posted by ふくろう at 22:22| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月25日

できることからコツコツ積み重ねていくという姿勢は凄い! 「こしがやソーラーシティ構想」

 23日は午後から「埼玉東部地方政治改革ネット」のメンバーで、越谷市の「こしがやソーラーシティ構想」について研修しました。

 越谷市では、平成23年度に策定した地球温暖化防止計画の実行計画として「ストップ温暖化 エコまち“こしがや”2020」を策定しています。
 その基本施策として、
1 「再生可能エネルギー等の普及促進」
2 「みんなでかえる環境負荷の少ないライフスタイルの実現」
3 「エネルギーの効率的な利用の促進」
4 「みどりを活かした低炭素型のまちづくりの実現」
5 「環境負荷の少ない資源循環型社会の形成」
 を掲げています。
 その中の重点プロジェクトが「太陽エネルギーの活用促進」で、大きくは次の5つの分野の取組みを進めています。
@補助制度等を通じた住宅用太陽光春デン、太陽熱利用の導入促進
A民間施設や大規模空間への導入促進
B公共施設への太陽光発電設備の率先導入
C公共空間への太陽光発電設備の導入の検討
Dこしがや版市民協働発電の検討
 こうした事業の目的の中に、「都市部における太陽光発電普及促進モデルの確立」、「太陽光発電設備と防災拠点機能の有機的連携」などが上げられています。

 そして「ソーラーシティ構想」がまとめられた背景には、「都市部という越谷の地域特性として、快晴日数日本一であり、平坦な土地で太陽光を遮るものが無いから」という理由が大きいとのことでした。

 ソーラーシティ構想は3つの視点から3つのプロジェクトが始動しています。
@ソーラーパークプロジェクト
 民間資本による大規模発電事業。越谷卸売市場の屋根(6000u)を活用した大規模ソーラー発電がスタート。420キロワット
Aソーラーハウスプロジェクト。住宅用太陽光発電補助金制度による市民力発電。4100キロワット  
Bソーラーコミュニティプロジェクト。小中学校・公共施設の(民間企業への)屋根貸し等による地域一体型発電。580キロワット 
 合計でH27年度末までに5.1メガワットを確保する目標とのことでした。

 メガソーラーが注目されていますし、屋根貸しや、個人住宅のソーラー発電などで生み出される発電量はたかがしれているなどという指摘もありますが、こうしてできることを積み重ねていくことによって、エネルギーの地産地消が少しづつ形として表れていくのは素晴らしいことですし、また、どこでも取り組めるという証になるだろうと思いました。

 説明の前に、今年始まった民間施設への「卸売市場の屋根を活用した大規模屋根貸し」の現地視察をしました。
 6000uの屋根には東芝製モジュール、250Wのパネルがなんと1693枚びっしりと敷き詰められています。今年の3月28日から稼働していて、420kW級太陽光発電施設となっています。
 太陽光パネルの設置は、民間事業者が市場の屋根を借りて行っています。再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度を活用していて、東京電力と20年間はkWあたり38円で全量買い取りの契約となっているとのことです。
 4月からの発電実績は太陽光がさんさんと降り注ぐ夏が大きいかと思ったのですが、気温が高いと発電効率が下がるとのことで20℃前後がベストだそうです。太陽光発電と太陽熱発電の組み合わせというのはできないのかな、などと、暑い屋根の上で思ってしまいました。
 小中学校の屋根貸しも今年度から7校10棟で進められるとのことです。
 目下の課題は蓄電池が高額なことで、しばらくは電力会社に全量売り渡すことになるとのことです。防災拠点としての学校施設については、大規模災害時には売電をストップして自家消費できるような契約になっているとのことですが、肝腎の夜間の照明はむずかしいようです。
 ただ、今年度から3年間、国が第2次のグリーンニューディール構想を進めることになっていて、この100%補助の事業を活用して防災拠点に10KWの発電施設と15KWの蓄電施設を備えたいとのことでした。

 太陽光パネルの写真は撮れなかったので、おまけとして、現在越谷市が「越谷ナンバー」が導入されることを記念してドライバーに配っている「エコドライブステッカー」を紹介します。越谷市出身のモデル・タレント益若翼さんデザインのステッカーです。

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越谷市の環境対策課長さんおよび地球温暖化対策係長さんには大変お世話になりました。

具体的な取り組み
posted by ふくろう at 18:29| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月15日

障害があってもそのままでのびのびと暮らせる社会は

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 また、朝顔の花が咲き始めました。「出雲さくら」。これまたもっと濃い紅色かと思っていたら、なんと儚げな色なんでしょう。

 16日(日)、NPO法人越谷らるご主催の、「発達障害について学びあう会」に参加しました。
 らるごが運営する、「フリースクールりんごの木」に参加している子どもたちの中には「発達障害ではないか」とされているケースや、もしかして発達障害? と家族が心配されているケースは少なくありません。

 「発達障害支援法」の中では、
・自閉症
・アスペルガー症候群
・その他の広汎性発達障害
・学習障害
・注意欠陥性多動性障害
・その他これに類する脳機能の障害であって、その症状が通常低年齢において発現するもの
 とされているのですが、そのように判断する基準を見ると、「え、うちの子も!」と思わざるをえないほどどの子にも当てはまるような気がしてくる障害です。

 不登校の子どもたちにかかわっている人たちは、
「発達障害という言葉は、そのように呼ばれる障害を持った人たちが、そのままでのびのび暮らせるように,社会を変えていこうという考え方から「学び合う会」が生まれた、としています。
 これは、発達障害だけでなく、すべてのいわゆる障害を持つとされる人たちとの関わり方の基本であり、よく考えると、障害のあるなしではなく、年齢のちがいではなく、性差でもなく、どんな人に対してであっても関わり合いの基本のような気がするのです。

 しかし、現実の学校生活の中でつまずいてしまう子たち、不適応になってしまう子たちー、そんな子たちの関わり合いの中から、「だれでもそのままで受け入れられて暮らせる社会」のあり方について考えていける場になればいいな、というのは私の個人的な,今のところの思いです。

 会の名称が「Col」(こる)ー発達障害とともに生きる会、と決まりました。
 我が子のことで悩んでいる方だけでなく、関心のある方はどうぞご参加ください。

 問い合わせは、NPO法人越谷らるご、電話048-970-8881です。
posted by ふくろう at 11:09| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月13日

地方議会のあり方ってー

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 昨夜は、今年一番に大きい満月「スーパームーン」だったようです。
 どんより曇っていた空、雲の切れ間から顔をのぞかせた月は、残念ながら期待したほど大きくもなく、輝いてもいませんでした。8月に期待しましょう。

 ここ数週間、都議会のセクハラヤジ問題、それがちょっと沈静化したかに見えたときに明るみに出た兵庫県議の政治活動費の不明朗な使い途と、地方議会についてマイナスイメージの報道が続きました。

 正直言って、兵庫県議の問題は、今どきこんな政治活動費の終始報告を許している議会があるのが驚きでした。地方議会に対する批判の声が大きくなり、「議会不要論」まで飛び交う中、議会は説明責任を果たさなければいけないというのはある程度の共通理解になっていたはずです。
 とくに税金を使うことになる「政治活動費」については、領収書の添付、市外の視察・研修に関しては、旅程も含めてのスケジュールと報告書の添付は必須になっているものと思っていました。
 春日部市議会の場合は、職員の旅費規程に準じて旅費が支払われます。いつも、もう少し合理的にしてほしいと思う点がないわけではなく、例えば東海道新幹線に乗るために東京駅に行くには、北千住から日暮里に出て、そこから山の手線、というのが最安のコースなのでそれで計算されます。
 もちろん、実際には上野か秋葉原で乗り換えなければ、朝のラッシュ時などはかなり厳しいので,差額の数十円は自己負担して多めに見てもらっています。

 もう一つのヤジ問題についてもっとも説得力があったのは、本日の「報道2001」で、鳥取県知事と総務大臣を歴任された片山義博さんの、「議会が議論することろではなく、議員が登壇する学芸会のようになっていて、緊張感がなくなっているからではないか」という意味のことをおっしゃった発言でした。
 私も議員になって驚いたのは、「議論をする機会がない」ということでした。常に執行部に対して質疑もしくは質問し、答弁を得る、という形でしかない状況で、なんとか議論したいと、質問に立つ際には1回目の質問原稿だけは書いて、あとは自分なりのシナリオは作っておくけれど、答弁を踏まえて再度質問する、という形でやってきましたけれど、それでも執行部との議論とはなかなかいかないままだったように思います。

 「議場に入ると空気がよどんでいる」とよく言っていましたが、緊張感にかけているのは事実ではないかと思います。

 傍聴されている方からは、突っ込みが足りない、といつも叱られていましたが、答弁は、あらかじめ用意されている範囲を超えてはならない、という決まりがあるかのようなやりとりでした。
 例外は、市長に対しての質問で、以前は質問に対して納得してくれた市長が「前向きに検討してみる」と答弁し、実際に施策として取り入れられたこともあったように思います。
 もちろん、何度か質問を重ねているうちに、実行に移された施策もあることはあるのですが−。

 議会改革の中で、やりとりを分かりやすくするために一問一答式も取り入れられるようになりました。質問しやすくなると思いきや、一括質問一括答弁のときよりもさらに、具体的に細かい質問趣意書を出すことを求められました。
 「無理でしょう、答弁も分かっていないのに−」とあらがいましたが、「質問が分からないと答弁がまとめられない」と押し問答を繰り返すばかり。
 実際には通告の趣意書から質問の順序が変わったり、趣意書になかった質問をしてしまうこともあったのですが、力不足もあり、議場で不完全燃焼の日々が続いたままだったことが少しだけ残念です。
posted by ふくろう at 11:28| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月09日

今さらですが、誰のための、どんな仕事をするための厚生労働省?

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 写真は、7月4日、厚生労働省の「ワクチン専門部会」の検討会に先立ち、子宮頸がんワクチン被害者とそのご家族、そしてこの問題に取り組んでいる自治体議員等が、厚生労働省前でリレートークを行ったときのものです。

 この後、移動して航空会館で開催された専門部会の「検討会」の傍聴に参加しました。

 この検討会に参加したのは初めてです。「これがワクチンの安全性を検討する会議なのか」と驚きました。
 後でいつも傍聴している知り合いに聞くと、前回の専門部会では、「痛み」中心の研究班だけでなく、「神経」班の中心メンバーである信州大学の池田修一教授も加わっていて、多様な副反応の症状は痛みのみではなく、決して「心身の反応」などで片付けられない神経病変が見られ、これはワクチンの成分そのものに問題があるのではないか、との見解が示されていたとのことでした。

 ところが、今回は「神経班」のメンバーは加わっておらず、「痛み」班のみで、参考人として意見陳述した「痛み」や「精神科」のお三方も、ワクチンそのものと種々の重篤な症状との因果関係の分析をさほど行っている気配はなく、一般的な心理面や身体面の治療の結果の報告のみという印象でした。
 痛み治療班の愛知医大・牛田亨宏教授が、厚労省が指定した11医療機関での受診結果のとりまとめとして、受診した患者162人のうち、50人は痛みの原因が関節炎などで、ワクチンとは無関係、ワクチン接種との関係が否定できないとされ、治療の経過が判明した70人のうち、47人は心理面や身体面の治療を行うことで痛みが改善、痛みが悪化したのは1人で、変化がなかったのは22人と報告していました。
 しかし、具体的に治療経過をあげた1少女の例で、心理的介入と身体的介入の経過を示した後、家庭内の事情が解決したころから父親の協力を得てリハビリ積極的に取り組むようになり、現在は杖なしで独歩できるようになったとあり、傍聴から声にならない反発がもれたような気がしました。
 確かにそういう実例はあったことでしょう。しかし、このような(多分)特殊例を改善例として示すのはなぜなのでしょう。

 中に、「昔は心因性とされた病気が、研究が進んだ結果、脳にミクロ単位の変化が起きていることが分かった例もあり、分類しづらいという」とした報告もありました。
 しかし全体として、今年の1月に、副作用被害を引き起こす要因について、人体的な障害が起きている症状は見当たらないとして「心身の反応」と結論付けたことが大きな批判を受けたことから、今回は「機能性身体症状」と言い換えるとの提案があり、その点に終始した検討会であったような印象です。
 
 このワクチンが承認され、定期接種とした段階で、「新しいタイプのワクチンであることから、接種後慎重な検討が必要」とされていたのではなかったのでしょうか。検討とは、ワクチンの成分が体内でどのような作用を引き起こすのかということが重要なポイントなのではないでしょうか。
 
 さすがにこの段階で「定期接種の勧奨」を再開するという結論は出せずに終わりましたが、副作用被害に苦しむ少女たちの悲鳴を、どう受け止めているのでしょう。
 思春期独特の心身の反応といいますが、ピアニストやバイオリニストをめざしたり、医学部の受験を志した少女たち、そしてこういった明確な目標がなくても、これからの前途にさまざまな夢を持っていた少女たちの誰が、激しい痛みや不随意運動、視野狭窄、さらに記憶障害などの重篤な症状によって、夢がかなわなくなりそうな状況をなんとか改善したい、改善してほしいと願っているのは明らかなのです。この現実をこそ受け止め、解決できる方法を探るのが、このワクチンを承認した厚生労働省の責任なのではないでしょうか。

 1日置いて参加した「ワクチントーク全国集会2014」で、長いことワクチン問題に取り組んできた医療関係者や被害者の方、そして海外の文献などから子宮頸がんワクチンの成分の問題に取り組んでいる佐藤荘太郎医師などの発言が、本当に多くの人の実感に即していると思いました。

satouisi.jpg

 海外の研究について紹介しながら、「文献を翻訳してくれる人がいれば−」と語る佐藤医師です。

 なぜ、こんなに大きな問題を抱えたワクチンの接種を中止し、原因究明と治療法の確保に努めることができないのでしょう。
 未だに「毎年2700人が命を奪われる子宮頸がん」との表現が踊っていますが、その2700人のうち、このワクチンがもしかしたら予防できるかも知れない20大前半の死者は、ここ数年ほとんどいないこと、子宮頸がんの予防のためにはワクチンを接種してもしなくても定期的な検診が不可欠であることを考えると、ワクチンに使われる300億円以上の財源を、もっと検診を受けやすくするための女性医師による検診体制の充実に充てるのが筋だと思うのですが−。

 ため息が出るのは、この専門委員会委員15人のうち、座長も含め11人がいずれもワクチンメーカー2社から講演料や研究費を受け取っているという事実です。「李下に冠を正さず」。まず、委員の入れ替えを行い、さまざまな見解を持つ委員による議論がおこなわなければ、苦しんでいる少女たちの救済は遠い道のりのように思われます。


 
posted by ふくろう at 17:19| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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